アルゴ座は、ギリシャ神話で最も壮大な冒険物語の一つ「アルゴナウタイの冒険」に登場する快速船アルゴー号を描いた星座です。物語の主人公イアソンは、テッサリアのイオルコス国の王位を叔父ペリアースに奪われており、王位返還の条件として、黒海の東方コルキス(現在のジョージア西部)にある「黄金の羊の毛皮」を手に入れることを要求されました。
参考)アルゴ座 - Wikipedia
女神アテーナーの助言を受けたイアソンは、船大工アルゴスに50の櫂を持つ巨船を建造させ、船名をアルゴスの名にちなんで「アルゴー」(「快速」の意)と名付けました。特筆すべきは、アテーナーがドードーナの聖なるオークから切り出した「ものを言う材木」を船首に取り付けたという点で、これによりアルゴー号は予言能力を持つ神秘的な船となりました。
参考)アルゴナウタイ - Wikipedia
イアソンが船員を募集すると、ギリシャ中から英雄たちが集結しました。その中には怪力のヘラクレス、双子のカストルとポルックス、竪琴の名手オルペウス、千里眼のリュンケウスなど、50人もの勇士が名を連ね、彼らは「アルゴナウタイ(アルゴー船の乗組員)」と呼ばれました。
参考)http://playmate.nobody.jp/i/astrology/Argo.htm
冒険の目的である黄金の羊の毛皮は、実は天に輝くおひつじ座の羊が元になっており、ヘルメスが危機に瀕した兄妹を救うために天から下した翼を持つ金色の特別な羊でした。コルキスに到着したイアソンは、王アイエーテースから火を吐く牛を飼い慣らすなどの難題を課されますが、イアソンに恋した王女メーデイアの魔術の助けを借りて成功し、最終的に金羊毛を奪取することに成功します。
参考)金羊毛 - Wikipedia
アルゴ座の構成について、古代ギリシャの天文学者エラトステネースと著作家ヒュギーヌスは、ともに星の数を27個としていました。しかし2世紀のアレクサンドリアで活躍したプトレマイオスは、著書『アルマゲスト』において、アルゴ座を構成する恒星を45個記載し、それらを等級別に分類しました。
参考)アルゴ座とは何? わかりやすく解説 Weblio辞書
18世紀半ばに南天の観測を行ったフランスの天文学者ラカイユは、アルゴ座の明るい恒星に体系的にギリシア文字の符号(バイエル符号)を振り分けました。興味深いことに、ラカイユは概ね明るい星から順に符号を付けていったため、現在分割された3つの星座にまたがって連続した符号が存在しています。
最も重要な星は、全天で2番目に明るいカノープス(α星、-0.72等級)で、これは現在りゅうこつ座に属しています。カノープスという名前は、トロイ戦争でギリシャ軍の将軍メネラウスが率いた船団の水先案内人の名に由来するとされています。日本では「南極老人星」とも呼ばれ、福岡県の一部など南の地域でわずかに地平線近くに見える貴重な星です。
参考)星座八十八夜 #59 アルゴ船の船体を支える竜骨「りゅうこつ…
特に注目すべき星が、りゅうこつ座のη星(イータ・カリーナ、恵惠星)です。この星は1837年にリゲルより明るい1等星となり、1843年頃には全天で2番目に明るい星にまで増光しましたが、その後急激に暗くなり、1870年代には肉眼では見えなくなるほどまで減光しました。現在は4.2等前後の明るさですが、ラカイユが1752年に観測した当時は2.3等前後でした。
参考)https://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/1125
η星は太陽の120~220倍もの質量を持つ主星と、30~80倍の質量を持つ副星からなる連星系で、高光度青色変光星(LBV)に分類されます。地球から約8000~10000光年の距離にあり、「ホムンクルス」と呼ばれる砂時計型の星雲に包まれており、これは1843年の大増光時に噴出した物質が膨張したものと考えられています。この星は銀河系で最も明るく不安定な恒星の一つとされ、いつ超新星爆発を起こしてもおかしくない「時限爆弾」のような存在です。
参考)運命の星 Eta Carinae|yasu
その他の主要な星として、とも座のζ星(ナオス、2.25等級)、ほ座のγ星(レゴル、1.75等級)、δ星(2.69等級)などがあり、これらはすべて元々同じアルゴ座の一部でした。
アルゴ座の詳細な星表と歴史的変遷についての参考情報(Wikipedia)
多くの古代ギリシャの星座が古代メソポタミアに起源を持つのに対し、アルゴ座は古代エジプトにその起源を持つと考えられている点で非常に特異です。帝政ローマ期の1世紀頃のギリシア人著述家プルタルコスは、著書『モラリア』の中でアルゴ座をエジプトの「オシリスの船」と呼ばれる星座と同定していました。
古代エジプトでは、死と再生の神オシリスが冥界へ渡るための船が天空に描かれていたとされ、この信仰がギリシャに伝わり、ギリシャ神話のアルゴー船の物語と融合した可能性があります。アメリカの天文学者で天文史研究家のJohn C. Barentineは、幾何学文様期以前の紀元前1000年頃にエジプトからギリシャへこの星座の概念が伝わったのではないかと推測しています。
星座としてのアルゴ船は、紀元前4世紀の古代ギリシアの天文学者クニドスのエウドクソスの著書『ファイノメナ』の中で既にその名前が記録されていました。さらに紀元前3世紀前半のマケドニアの詩人アラートスの詩篇『ファイノメナ』では、「もやがかかってアルゴ船の船首の辺りが見えない」と詠まれており、当時から南天の低い位置にあるため完全には観測できなかったことがうかがえます。
興味深いのは、16世紀から17世紀にかけて、キリスト教世界においてアルゴ座がしばしば旧約聖書の「ノアの方舟」と同一視されたことです。1540年にドイツの人文学者ペトルス・アピアヌスが出版した天文書『Astronomicum Caesareum』には、「Arca Noë(ノアの方舟)」という名称が記され、1602年のオランダの天文学者ウィレム・ブラウの天球儀では「Argus, Arca Noë(アルゴ、ノアの方舟)」と表記されました。バイエルの有名な星図『ウラノメトリア』でも、複数ある星座名の1つとして「Archa Nohæ(ノアの方舟)」と紹介されています。
アルゴ座は、その巨大すぎるサイズゆえに最終的に分割される運命を辿りました。現在の88星座で最大の「うみへび座」の実に1.5倍もの広さがあり、全天の約8分の1を占める規模でした。このような巨大な星座は実用的な観測や星図作成において不便であったため、改革の必要性が認識されていました。
参考)今はもう無くなってしまった星座たち「アルゴ座」「しぶんぎ座」…
18世紀半ばにラカイユが南天の観測を行った際、彼は1756年に出版した星表でアルゴ座を「とも座」「りゅうこつ座」「ほ座」「らしんばん座」の4つに分割して掲載しました。これは正式な国際的承認を得たものではありませんでしたが、実用上の分割として天文学者の間で徐々に受け入れられていきました。
参考)アルゴ座|やさしい88星座図鑑
1922年5月にローマで開催された国際天文学連合(IAU)の設立総会において、現行の88星座が正式に提案されました。この際、ラカイユ以降「アルゴ座」とされていた領域は、正式に「Carina(りゅうこつ座)」「Puppis(とも座)」「Vela(ほ座)」の3つに分割されることが決定されました。同時にこれら3つの星座の総称としてラテン語名の「Argo」(属格形はArgus)と略符「Arg」が制定されました。
その後、IAUより全天88星座の境界線の策定を付託されたベルギーの天文学者ウジェーヌ・デルポルトが境界線の草案を作成し、1928年に正式承認されました。この内容は1930年に『Délimitation Scientifique des Constellations』と『Atlas Céleste』という2つの出版物としてケンブリッジ大学出版局から刊行され、現行の88星座の境界線が確定しました。こうして、古代から2000年以上にわたって存在し続けたアルゴ座は、プトレマイオスの48星座の中で唯一、現代の88星座に採用されなかった星座となったのです。
参考)トレミーの48星座 - Wikipedia
なお、日本語の文献では「アルゴ座はラカイユによって4つの星座に分割された」と紹介されることがありますが、正式な88星座としてはりゅうこつ座、とも座、ほ座の3つであり、らしんばん座はラカイユが新設した別の星座という位置づけです。
りゅうこつ座とアルゴ船の詳細な解説(アストロアーツ星座八十八夜)
アルゴ座の遺産は、現代の天文学においても重要な意味を持ち続けています。分割された3つの星座(りゅうこつ座、とも座、ほ座)は、それぞれが南天の重要な観測領域として機能しており、多くの天体観測の対象となっています。
特に注目すべきは、りゅうこつ座に含まれるエータ・カリーナ星雲で、これは全天一の規模を誇る大散光星雲です。この星雲の中心にあるη星は、現代の変光星研究における最重要天体の一つとされ、ハッブル宇宙望遠鏡をはじめとする世界中の望遠鏡で継続的に観測が行われています。
参考)http://shin-hakkenden.fan.coocan.jp/freetalk/freetalk1.htm
また、りゅうこつ座とほ座、とも座の星々は「ニセ十字」と呼ばれる星の並びを形成しており、南十字星とよく間違えられます。これは南半球での天体観測において重要な目印となっています。
興味深いのは、国際的な海洋観測プロジェクト「Argo計画」が、このギリシャ神話のアルゴー船にちなんで命名されたことです。この計画では、世界中の海洋に自動観測フロートを展開して海洋データを収集しており、まさにアルゴー号の冒険のように全世界の海を探査する姿勢が反映されています。
参考)Japan Argo ━Argo計画・日本公式サイト━
さらに、バイエル符号の継承という点でも、アルゴ座は特異な存在です。ラカイユが振った符号は分割後も保持されているため、例えばα星はりゅうこつ座に、ζ星はとも座に、γ星はほ座にというように、3つの星座にまたがって連続した符号が存在しています。これは天文学史における星座の変遷を示す生きた証拠となっており、教育的にも価値のある事例です。
現代の天文観測技術の発展により、アルゴ座の領域には多数の星団、星雲、変光星が発見され続けています。特にりゅうこつ座の領域は、大質量星の形成と進化を研究する上で格好のフィールドとなっており、将来的な超新星爆発の候補天体も複数存在しています。かつての巨大星座アルゴ座が占めていた天域は、今なお天文学者たちの探求心を刺激し続けているのです。
アルゴー船の名を冠した海洋観測計画の詳細(JAMSTEC Argo計画公式サイト)

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