らしんばん座は全天88星座の中でも特に控えめな星座で、最も明るい星でも4等星という地味な構成です。α星は見かけの明るさ3.68等の青色巨星で、らしんばん座で最も明るく見える恒星として知られています。β星は3.954等の黄色巨星、γ星は4.01等の橙色巨星で、いずれも4等星クラスの明るさです。これらの星には固有名がなく、アルゴ船4星座の中では最も目立たない存在となっています。
参考)らしんばん座ってどんな星座?【神話も紹介】
星座全体の面積は220.833平方度で全天65位、肉眼で見える星数は約40個程度です。18世紀半ばにフランスの天文学者ラカイユによって設定された比較的新しい星座であり、航海に用いられる方位磁針(羅針盤)をモチーフとしています。ラカイユはこの星座に比較的明るい星に対してバイエル風にαからθ、λの9個のギリシア文字の符号を付しました。
参考)らしんばん座 - Wikipedia
南天の星座であるため、日本国内のどこからでも星座の全域を見ることができますが、南の地平線近くに位置するため観測には南の空が開けた場所が適しています。3月の21時ごろが見ごろで、3月30日ごろに20時正中を迎え、正中高度は約26°となります。
らしんばん座には、天文学的に非常に興味深い天体「らしんばん座T星」が存在します。この星は「反復新星」(または「再帰新星」「回帰新星」)と呼ばれる稀少な天体で、1890年、1902年、1920年、1944年、1966年、そして2011年と、これまでに6回の新星爆発が観測されています。
参考)https://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/7096
普段は15等ほどの暗さですが、新星爆発を起こすと6〜7等ほどまで増光し、小口径の望遠鏡でも観測可能になります。2011年4月14日の増光は、アメリカ・ハワイのM. Linnoltさんによって発見され、京都産業大学の神山天文台では増光初期の分光観測に成功しました。
参考)https://www.kyoto-su.ac.jp/kao/news/20110414_news.html
新星爆発は、白色矮星と低温度の普通の星の近接連星系で、低温度星から白色矮星へガスが流れ込み、白色矮星の表面に降り積もったガスが爆発的な核燃焼を起こす現象です。反復新星は十〜数十年という短時間で新星爆発を繰り返す天体で、天の川銀河内で確認されているのは10個程度しかありません。前回1966年の増光時には最も明るい時期で6.5等ほどまで増光し、3ヶ月程度は9等よりも明るく観測されました。
参考)新星とは href="https://www.ananscience.jp/variablestar/?page_id=638" target="_blank">https://www.ananscience.jp/variablestar/?page_id=638amp;#8211; 日本変光星研究会
らしんばん座自体は18世紀に設定された新しい星座のため独自の神話は持ちませんが、もとになったアルゴ座には壮大なギリシャ神話が伝えられています。物語の主人公は、テッサリアのイオルコス国の王アイソンの息子である英雄イアソン(イアーソーン)です。
参考)http://www.eonet.ne.jp/~univers/winterconstellation1.html
イアソンの叔父ペリアスは王位を奪い、イアソンに「コルキスの国にある黄金の羊の毛皮を手に入れたら王位を譲る」という無理難題を突きつけました。この挑戦のため、イアソンは造船の名人アルゴスに依頼して巨大なアルゴー船を建造し、全ギリシアから名だたる英雄たちを募集しました。
参考)イアーソーン - Wikipedia
集まったのは、怪力の英雄ヘラクレス、双子のカストールとポリュデウケース、鋭い視力を持つリュンケウス、英雄アキレウスの父ペーレウス、竪琴の名手オルペウスなど50人の勇士でした。この遠征隊は「アルゴナウタイ(アルゴー船の乗組員たち)」と呼ばれ、まさにギリシャ神話のドリームチームでした。
参考)イアーソーン(イアソン)、アルゴナウタイの英雄、その哀しい最…
コルキスに到着したイアソンは、王の娘メディアと出会います。メディアは魔法の力を持つ王女で、イアソンに恋をして彼を助けることを決意します。コルキス王は「火を吹く青銅の蹄を持つ凶暴な牡牛で畑を耕し、蒔くと武装した兵士が出てくる竜の牙をその畑に蒔いて生き残れ」という命令を下しました。メディアの助言により、イアソンは兵士たちに同士討ちをさせ、見事に黄金の羊の毛皮を手に入れることに成功しました。
参考)古典作品に見る星座神話㉞とも座、ほ座、らしんばん座、りゅうこ…
もともと古代ギリシャ時代に作られた「アルゴ座」は、イアソンたちが乗った大帆船アルゴー号を星座にしたもので、全天で最も巨大な星座でした。しかし、あまりにも大きすぎるという理由から、近世になって分割されることになりました。
参考)アルゴ座 - Wikipedia
1756年にフランスの天文学者ニコラ・ルイ・ド・ラカイユが星図を発表し、アルゴ座の一部を切り取って新しい星座を設けました。ラカイユの星図には航海用コンパスの星座絵とフランス語で「羅針盤」を意味する"la Boussole"という名称が描かれ、付属の星表には「海のコンパス」を意味する"le Compas de mer"と記されていました。
当初この星座は「ほばしら座」という名前でアルゴ船の帆柱をかたどったものとされていましたが、18世紀末に「ピュクシス・ナウティカ(航海用の箱)」すなわち「らしんばん座」に改称されました。ラカイユはドイツの法律家ヨハン・バイエルの『ウラノメトリア』でアルゴ座の「マストの4つ」とされた領域の一部を切り離して設けました。
参考)【今週のミニ知識】らしんばん座/りゅう座/りゅうこつ座/わし…
日本語の文献では「アルゴ座はラカイユによってとも座・ほ座・りゅうこつ座・らしんばん座の4つの星座に分割された」と紹介されることがありますが、実際にはラカイユはアルゴ座の一部を削ってらしんばん座を設け、残るアルゴ座の領域を3つの小区画に区分けしただけであり、アルゴ座を4つの星座に分割したという事実はありません。1922年5月にローマで開催された国際天文学連合(IAU)の設立総会で現行の88星座が提案された際、ラカイユ以降に「アルゴ座」とされていた領域は、Carina(りゅうこつ座)、Puppis(とも座)、Vela(ほ座)の3つに分割されることが正式に決定されました。
らしんばん座を見つけるには、まず冬の夜空で最も明るい1等星シリウスを持つおおいぬ座を目印にします。おおいぬ座の尻尾にあたるη(イータ)星のすぐそばに、いびつな五角形を形作るとも座が見つかります。らしんばん座は、とも座の東どなり、ほ座の北側に位置しています。
参考)らしんばん座とは?見つけ方や見どころ
具体的には、南東やや東寄りの空高いところにしし座の1等星レグルスを見つけ、そのまま南の地平線の方に視線を移すと赤く輝くうみへび座の2等星アルファルドが見えます。レグルスとアルファルドをつないだ線をそのまま伸ばしていくと、らしんばん座の領域に到達します。3個の4等星がやや折れ曲がって並んでいる場所がらしんばん座ですが、暗い星ばかりですので決まった形は見つけにくいでしょう。
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らしんばん座は天の川の中にあり、観測上は華やかな場所です。特に注目すべき天体として、散開星団NGC 2818があります。この天体は、らしんばん座の方向約1万光年の距離に位置する惑星状星雲で、散開星団NGC 2818Aの中に存在しています。
参考)https://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/6005
惑星状星雲を形成する星の年齢は数十億歳程度ですが、普通の散開星団は星どうしの結びつきがゆるいため、数億年ほど経つと星団はばらばらになってしまいます。NGC 2818Aの年齢は10億歳ほどと計算されており、これほど長く生き残っている散開星団は稀です。NASAのハッブル宇宙望遠鏡がこの散開星団内に存在する珍しい惑星状星雲の姿をとらえており、天文ファンにとって魅力的な観測対象となっています。
観測に最適な時期は、3月中旬の22時30分から夜明け前、4月中旬は日没後から2時ごろ、5月中旬は日没後から0時ごろです。南の空が開けた場所で、双眼鏡や小型望遠鏡を使って探すと良いでしょう。星座自体は暗くて小さく決まった形を見つけにくいですが、とも座を見つけてから探すと発見しやすくなります。