ほ座は18世紀にフランスの天文学者ニコラ・ルイ・ド・ラカイユによって設定された比較的新しい星座で、ほ座単独の神話は存在しません。しかし、もともとは古代ギリシャ時代から続く巨大な星座「アルゴ座」の一部だったため、その神話の背景を持っています。
アルゴ座は、ギリシャ神話に登場する伝説の遠征船「アルゴ号」をモチーフとした星座でした。この船は、イオルコスの王子イアソンが金色の羊の毛皮(黄金の羊毛)を手に入れるため、コルキス国へと向かう際に建造した大型帆船です。船の舳先には、人の言葉を話すという不思議な樫の木が取り付けられていました。
アルゴ遠征隊には、ギリシャ神話の英雄ヘラクレス、双子の勇者カストルとポルックス、千里眼のリュンケウス、琴の名手オルフェウスなど、50人もの勇敢な戦士たちが集結しました。彼らは様々な冒険や困難を乗り越えながら、目的地へと向かったと伝えられています。このアルゴ号の「帆」の部分が、現在のほ座として独立した星座になったのです。
ほ座には明るい星が多く含まれており、2等星が4つ、3等星が4つも存在します。最も特徴的なのは、α星とβ星が存在しないという珍しい点です。これは、アルゴ座が4つの星座に分割された際、元のバイエル符号がそのまま引き継がれたためです。
γ(ガンマ)星は、ほ座で最も明るい星系で、「アルスハイル」または「スハイル」という固有名を持っています。見かけの明るさは約1.8等級で、実際には複数の星から構成される連星系です。地球から約840光年の距離に位置し、青白く輝く高温の星として知られています。
δ(デルタ)星は、見かけの明るさ1.99等のA星と5.57等のB星からなる連星系です。この星は「ニセ十字」を形成する星の一つとして重要で、約45.15日の周期で1.95等から2.43等の範囲で変光するアルゴル型の食変光星でもあります。
κ(カッパ)星は2.5等の明るさを持ち、「マルカブ」という固有名で呼ばれています。スペクトル型B2Ⅳ-Ⅴの青白い星で、δ星とともに「ニセ十字」を構成する重要な星です。
λ(ラムダ)星は見かけの明るさ2.21等のK4Ib型赤色超巨星で、LC型の不規則変光星として2.14等から2.30等の範囲で変光します。「スハイル」という固有名を持ち、中国の星官では単独で鳥獣の年齢・寿命を司る星「天記」とされていました。
ほ座の領域には、恒星以外にも観測価値の高い多様な天体が存在しています。最も注目すべきはほ座パルサーで、1968年にシドニー大学の天文学者によって発見されました。このパルサーとほ座超新星残骸との関連性は、超新星が中性子星を形成するという仮説の直接的な観測上の証明となった歴史的に重要な天体です。
NGC2547は、地球から約2,000光年の距離にある散開星団で、見かけの明るさは4.0等級です。双眼鏡や小型望遠鏡でも観測可能な天体として、アマチュア天文家にも人気があります。
IC2395も散開星団で、地球から約3,000光年離れた位置にあり、見かけの明るさは4.6等級です。この星団も比較的観測しやすい天体として知られています。
さらに、ほ座領域には「ほ座暗黒星雲」という天の川に大きく横たわる星形成領域が存在します。この領域にはOBアソシエーション、散開星団、おうし座T型星、H II領域など、多種多様な天体が集まっており、星が誕生する現場を観測できる貴重なエリアとなっています。
ほ座パルサー星雲のX線偏光観測について詳しく解説している記事(アストロアーツ)
最近の研究では、高感度X線偏光観測衛星IXPEを用いた観測により、ほ座パルサー星雲のX線偏光度が、かに星雲と比べて平均で2倍以上もある極限的な強さであることが明らかになりました。
ほ座は主に南半球で観測できる南天の星座で、日本では四国より南の地域で全体を見ることができます。最も見やすいのは冬の終わり頃から春にかけてで、4月10日頃に南中します。ただし、南の地平線近くに位置するため、できるだけ南の地方で観測することが推奨されます。
ほ座を探す際の目印となるのが、りゅうこつ座やみなみじゅうじ座との位置関係です。ほ座はりゅうこつ座の北側、みなみじゅうじ座のさらに北に位置しており、天の川の美しい領域に広がっています。
最も特徴的なのは「ニセ十字」と呼ばれる星の配置です。これは、ほ座のδ星とκ星、りゅうこつ座のι星とε星を結んでできる十字架形の星の並びで、本物のみなみじゅうじ座(南十字星)と見間違えやすいことからこの名前がつけられました。
ニセ十字は4つの2等星だけで構成されており、すべて同じような明るさです。一方、本物の南十字星は1等星2個、2等星と3等星で構成されています。ニセ十字の方が大きくて目立つため、航海中に間違えて遭難してしまう事故が絶えなかったという歴史があり、航海する者の命にかかわる危険な存在として知られていました。
観測の際は、星座図を参考にしながら、まずニセ十字を見つけ、そこから少し歪んだ形をした大きな六角形の星の並びを探すと、ほ座全体の姿を捉えやすくなります。
ほ座の設定には、天文学史上興味深い経緯があります。元々のアルゴ座は古代ギリシャ時代のプトレマイオスの星表にも記載されていた古い星座でしたが、あまりにも広大な天域を占めていたため、星の位置を示すのに不便でした。その面積は約1,800平方度にも及び、全天88星座の中で群を抜いて巨大でした。
18世紀後半、フランスの天文学者ニコラ・ルイ・ド・ラカイユは、1756年に出版されたフランス科学アカデミーの紀要で、アルゴ座に大幅な改変を行いました。彼は、アルゴ座を船の各部分に分けて、りゅうこつ座(竜骨)、とも座(艫・船尾)、ほ座(帆)、**らしんばん座(羅針盤)**の4つの星座に分割したのです。
この分割により、現在のほ座の概略面積は約500平方度となり、それでも全天88星座中32番目の大きさを持つ大型星座です。ラカイユは他にも、はちぶんぎ座、レチクル座、とけい座など、多くの南天の星座を設定した天文学者として知られています。
分割の際、元々アルゴ座が持っていたバイエル符号がそのまま各星座に引き継がれました。アルゴ座のα星はりゅうこつ座のα星(カノープス)に、β星はとも座に、γ星はほ座に割り当てられたため、ほ座にはδ、κ、λ、μ、ο、φ、ψなどの星は存在するものの、α星やβ星は欠番となっています。この独特な星の配置は、アルゴ座の歴史を今に伝える証となっています。