暗黒星雲は、ガスや塵などの星間物質が集まった低温高密度の領域で、散光星雲と同じ星間雲の一種です。散光星雲との最大の違いは、近くに明るい星がないため光を発していない点にあります。暗黒星雲の主成分は水素分子で、塵(ダスト)は全体の1%以下を占めます。典型的な水素分子密度は1立方cmあたり1000~10000個、温度は絶対温度10K程度という極めて低温の環境です。
参考)国立科学博物館-宇宙の質問箱-星雲・星団編
暗黒星雲が黒く見える理由は、多量の塵が背後の天体からの光を遮ってしまうためです。具体的には、低温度(20K程度)かつ高密度(500水素原子cm⁻³程度以上)の環境で、ダストが可視光線を吸収します。可視光線を発していないため目では見えませんが、電波や赤外線を出しているので電波望遠鏡を使えば観測できます。
参考)太陽のような恒星は、一体どうやってできたのか?
暗黒星雲が非常に低温なのは、分子ガスやダストの放射による冷却に加えて、暗黒星雲を暖める熱源が少ないためです。星からの光が内部まで届かず、ガスが分子として存在している領域では、温度が10K、水素分子密度が10⁴個/cm³程度という極端な物理条件となります。
参考)https://www.asj.or.jp/geppou/archive_open/1992/pdf/19920708.pdf
最も有名な暗黒星雲は、みなみじゅうじ座付近に見える「コールサック(石炭袋)」です。全天で最も目立つ暗黒星雲として知られ、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」にも登場します。コールサックは天の川の中で濃く白い部分にぽっかりと開いた黒い領域として肉眼でも確認でき、まるで「空の孔」のように見えます。その正体はガスや塵などからできた暗黒星雲で、光を通さないために黒く見えているのです。
参考)コールサック - Wikipedia
オリオン座にある「馬頭星雲」も代表的な暗黒星雲の一つです。可視光と近赤外線では暗黒星雲として観測され、その独特な馬の頭のような形状が特徴です。天の川のいて座付近にも多くの暗黒星雲が分布しており、日本からも肉眼で観測できる場合があります。
参考)「宮沢賢治の宇宙」(26) カムパネルラ、「空の孔」は見えま…
その他、天の川には「干潟星雲(M8)」の南北に横切る暗黒星雲や、「三裂星雲(M20)」を3つに裂けて見せる暗黒帯など、様々な暗黒星雲が観測されています。これらの暗黒星雲は、恒星や星雲が天の川に集中して分布する領域で、多くの天体を隠す形で存在しています。
参考)天の川見どころマップ
暗黒星雲は新しい星が生まれる母体として重要な役割を果たしています。冷たい塵やガスからなる雲は、星の残骸の集積体であると同時に、次世代の星の誕生へとつながる場所です。暗黒星雲が近くの超新星爆発などによる衝撃波を受けると、それによって物質の濃淡ができます。濃くなった部分は重力が強くなるため、周囲の物質を引きつけてさらに物質の濃度が濃くなり、加速度的に濃度が濃くなっていきます。
参考)星は集団で生まれる
このようにして誕生するのが原始星です。原始星はまだ周囲を暗黒星雲に覆われているため、星雲の外からは可視光では観測できず、赤外線だけが観測されます。原始星の分布は暗黒星雲に集中しており、星間ガスの中でもより密度の高い領域である暗黒星雲の奥深くで生まれることが分かっています。
分子雲コアと呼ばれる特に密度の高い領域(水素分子密度1万~100万個cm⁻³)では、温度10K程度、直径0.1パーセク程度で質量10太陽質量程度の環境が形成されます。この高密度の塵は背景からの恒星の光を遮り、暗黒星雲と呼ばれるシルエットのように見えます。暗黒星雲内部で巨大な星が生まれると、生まれたての星は高温であるために周りのガスをイオン化し、散光星雲へと変えていきます。
参考)分子雲 - Wikipedia
暗黒星雲を観測する手段には、主に可視光を使う方法、赤外線を使う方法、電波を使う方法の3つがあります。可視光での観測では、星夜写真から単位立体角あたりの星の数をカウントする「星数密度分布図」が作成されます。星の数の少ない暗黒星雲は星数密度分布図の低い領域として表現され、これによって星の光が星間塵(ダスト)によってどれだけ減光を受けているかや、暗黒星雲の大きさ、距離、質量を知ることができます。
参考)暗黒星雲を観測する
赤外線での観測では、暗黒星雲内部の星の形成過程の情報を知ることができます。波長1.25μmの赤外線で観測したデータから星の数をカウントすると、可視光のデータよりも暗黒星雲のより濃密な部分を浮き上がらせることができ、分子雲コアと呼ばれる星の母体が見えてきます。分子雲コアは分子雲の中の特に密度の高い領域です。
電波での観測も重要な手段です。分子雲は10K程度の低温であり、主成分である水素分子は電磁波を放射できないため、水素分子やヘリウムについで存在量が大きい一酸化炭素分子(CO)が使われることが多くあります。
実際の望遠鏡での観測では、なるべく暗い場所を選び、低倍率で目的の天体を確認することが基本です。暗い天体や淡い天体を観察するときは、目的となる天体を「にらみつける」のではなく「そらし目」で見るようにします。具体的には、望遠鏡の視野の周辺に目線を置き、しかも全神経は目的とする天体に集中させるというテクニックが有効です。
参考)小さな望遠鏡でも見える!星雲や星団を探してみよう!!<10月…
暗黒星雲は単なる星の誕生場所ではなく、「宇宙の物質循環」を生み出す原動力として重要な役割を果たしています。暗黒星雲内部で誕生した巨大な星々は短命のうちに次々に超新星爆発を起こして死を迎え、その衝撃で巨大な空洞「スーパーバブル」をつくる可能性があります。これらの星々は巨大な集団(星団)として生まれ、過去数百万年にわたって天の川銀河の約100倍にも及ぶスピードで星を生み出していることが分かっています。
参考)プレスリリース - 宇宙最初の暗黒星雲に見る星々の生と死 …
超新星爆発によって生み出された元素や塵は、ふたたび暗黒星雲に取り込まれて次世代の恒星や惑星の材料となるだけでなく、銀河や銀河団の化学組成を変容させていきます。この循環プロセスは、宇宙における重元素の分布や進化を理解する上で極めて重要です。
暗黒星雲と散光星雲がお互いを避けあうように入り組んで分布している様子は、山あいの平地をぬって集落や畑が広がっていくように、暗黒星雲の内部で誕生した星々が周りのガスをイオン化し、散光星雲に変えている過程を示しています。星の残骸の集積体である暗黒星雲から新たな星が生まれ、その星が再び暗黒星雲の材料を供給するという、星々の生と死のサイクルが宇宙で繰り返されているのです。
天の川銀河における暗黒星雲の分布を見ると、天の川の中央に集中していることが観測されています。暗黒星雲に代表される星間ダストによる星間減光の影響で、太陽系から可視光で見える範囲は望遠鏡を用いても数キロパーセク(数千光年)の範囲に限られます。しかし、この制限された観測範囲の中でも、暗黒星雲は星の誕生と進化、そして宇宙の化学進化を理解するための貴重な情報源となっています。
参考)天の川
東京学芸大学の暗黒星雲研究サイトでは、暗黒星雲の観測方法や物理的性質について詳しい解説が掲載されています。暗黒星雲の基本的な性質や観測技術を学ぶ際の参考資料として有用です。
国立科学博物館の天文解説ページでは、暗黒星雲と散光星雲の違いや、暗黒星雲が低温になる理由について分かりやすく説明されています。初学者が暗黒星雲の正体を理解する際の入門資料として適しています。
アルマ望遠鏡の暗黒星雲観測成果では、最新の電波望遠鏡による観測結果が紹介されており、暗黒星雲内部での星形成プロセスと宇宙の物質循環について最先端の研究成果を知ることができます。