ケフェウス座は、古代ギリシャ神話に登場するエチオピア王ケフェウスを象った星座です。この王は妻カシオペアと娘アンドロメダを持つ家族の長でしたが、カシオペアが自身の美しさを誇り海の精ネレイデスを侮辱したことで、一族に大きな試練が訪れます。
参考)ケフェウス座 - Wikipedia
海神ポセイドンは激怒し、怪物ケートスをエチオピアに送り込み、国土を大津波で襲わせました。神託によれば、この災厄を鎮めるには愛する娘アンドロメダを生贄として差し出すしかありませんでした。王として国民の命を守る責任と、父として娘を守りたい気持ちの板挟みになったケフェウス王は、苦渋の決断で娘を岩に鎖で繋ぎました。幸いにも英雄ペルセウスが通りかかり、メドゥーサの首を使って怪物を石に変えてアンドロメダを救出します。
参考)ギリシャ神話にみる「ケフェウス座」の由来
この一連の神話の登場人物たちは、女神アテナによって天に上げられ、ケフェウス座、カシオペヤ座、アンドロメダ座、ペルセウス座、くじら座として、北の夜空に家族の物語を今も語り続けています。
参考)星座八十八夜 #32 アンドロメダの父「ケフェウス座」 - …
ギリシャ神話にみる星座の由来 - エウロパ日本ギリシャ協会(ケフェウス座の詳しい神話解説)
ケフェウス座は細長い五角形の星の並びが特徴的な星座で、カシオペヤ座と北極星の間に位置しています。主要な星は3等星が中心で、暗い星が多いためあまり目立ちませんが、それぞれの星には興味深い特徴があります。
参考)https://ryutao.main.jp/mythology_31.html
星座を形作る主な星々とその特徴は以下の通りです。
参考)http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/~kato/8mus_pla/seiza/kato_const/Cep.htm
参考)ケフェウス座の見つけ方
これらの星々の中で、複数が未来の北極星候補となっている点は非常に興味深く、地球の歳差運動による天の北極の移動を物語っています。
ケフェウス座μ星は「ガーネットスター」という美しい通称で知られる、天文学的に極めて特異な赤色超巨星です。この名前は天王星の発見者として有名な天文学者ウィリアム・ハーシェルが、あまりにも深い赤色に驚いて「ざくろ石(ガーネット)」と表現したことに由来します。
参考)https://www.sendai-astro.jp/nishikouen/photo/con_album/con_aut/Cep.html
この星の際立った特徴は以下の通りです。
| 項目 | 詳細 |
|---|---|
| 等級 |
4.02等(3.6等~5.1等まで変光) |
| 距離 |
約3,060~3,500光年 |
| 直径 | 太陽の約1,420~1,500倍 |
| 表面温度 | 約2,000K(太陽は6,000K) |
| 光度 | 太陽の約35万倍 |
| 変光周期 | 約2年(不規則変光星) |
表面温度が2,000度という極端な低温により、この星は他のどの星よりも赤く見えます。肉眼では色の確認が難しいですが、双眼鏡を使うと紫に近いほど深い赤色が観察でき、その異常な美しさを堪能できます。太陽の位置にこの星を置いた場合、木星の軌道まで飲み込んでしまうほどの巨大さです。
仙台市天文台:ケフェウス座の見どころ(ガーネットスターの観測情報)
ケフェウス座には、ガーネットスターの周辺に広がる巨大な散光星雲IC1396が存在します。この星雲は直径約3度という非常に大きな広がりを持ち、北アメリカ星雲を凌ぐサイズですが、極めて淡いため肉眼での観測は困難です。
参考)https://ryutao.main.jp/stl_ic1396.html
IC1396は地球から約2,400~3,000光年の距離にあり、ほぼ円形をした散開星団と巨大なHII領域の複合体です。星雲内部には複雑な形状の暗黒星雲が分布しており、その中で最も有名なのが「象の鼻星雲(IC1396A)」と呼ばれる暗黒星雲です。
参考)象の鼻星雲 - Wikipedia
象の鼻星雲の特徴。
参考)星空の写真
この星雲は、星がどのように誕生するかを研究する上で非常に重要な天体であり、ハッブル宇宙望遠鏡やスピッツァー宇宙望遠鏡による観測で、その美しく複雑な構造が明らかになっています。
佐賀大学 - ケフェウス座の散光星雲 IC1396(詳細な天体写真と解説)
ケフェウス座は紀元前6世紀頃から知られており、プトレマイオスの48星座の一つにも数えられる古い星座ですが、興味深いことに日本でも独自の呼び名が存在していました。
日本の四国地方、特に備前地方では、ケフェウス座を「備前の箕(みの)」と呼んでいました。箕とは竹を編んで作る農作業用の道具で、穀物を選別したり風を送ったりするのに使われる伝統的な農具です。ケフェウス座の五角形の星の並びをこの箕の形に見立てたもので、実際に見比べてみると確かに箕のように見えてきます。
この呼び名は、豊かな田畑が広がっていた日本の農村文化ならではの発想で、西洋のギリシャ神話とは全く異なる視点から星座を捉えていた点が非常に興味深いです。同じ星の並びでも、文化や生活環境によって全く異なるものに見立てられるという好例であり、天文学と民俗学が交差する魅力的な事例と言えるでしょう。
日本各地には他にも様々な星座の地方名が存在しており、それぞれの地域の生活や文化が反映されています。ケフェウス座の「備前の箕」という呼び名は、星を見上げた昔の人々の豊かな想像力と、日常生活に根ざした観察眼を今に伝える貴重な文化遺産です。