ハッブル宇宙望遠鏡引退とジェイムズウェッブ後継機の未来

30年以上にわたり宇宙の謎を解き明かしてきたハッブル宇宙望遠鏡の引退が迫っています。老朽化によるジャイロスコープの故障や軌道低下により、2030年代半ばには運用終了の可能性が高まっています。後継機ジェイムズウェッブ宇宙望遠鏡との違いや、ハッブルの今後の運命について詳しく解説しますが、果たしてこの偉大な宇宙望遠鏡はどのような最期を迎えるのでしょうか?

ハッブル宇宙望遠鏡引退の現状と背景

ハッブル宇宙望遠鏡が直面する課題
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ジャイロスコープの故障

6個中4個が故障し、現在は1個で姿勢制御する運用モードに移行

📉
軌道の低下

高度530km付近を周回中だが徐々に降下し、2030年代半ばには大気圏再突入の可能性

🔋
バッテリーの老朽化

2009年に交換されたバッテリーは2030年代まで稼働予定だが、徐々に性能劣化

ハッブル宇宙望遠鏡の運用終了時期と要因

 

1990年に打ち上げられたハッブル宇宙望遠鏡は、当初の設計寿命15年を大幅に超え、2024年現在も科学観測を続けています。しかし、老朽化による深刻な問題が相次いで発生しており、引退が現実味を帯びてきました。

 

参考)“ご長寿”ハッブル宇宙望遠鏡、故障するも完全復活

NASAによると、ハッブル宇宙望遠鏡は2030年代半ばまでの運用が見込まれていますが、その後は大気圏に再突入する運命にあります。最大の問題は軌道の継続的な低下で、現在は高度約530kmを周回していますが、スペースシャトルによる整備ミッションが2009年を最後に終了したため、軌道を上げる手段がない状態です。

 

参考)ハッブル宇宙望遠鏡を救え! アストロスケールの米国子会社など…

太陽活動の影響で正確な予測は困難ですが、このままでは2030年代半ばに大気圏に再突入すると予測されており、機体そのものはほぼ正常に稼働しているため、軌道を上げることができれば運用期間を延長できる可能性があります。実際に、日本の宇宙スタートアップ「アストロスケール」の米国子会社などが、ハッブルの軌道高度を上げて運用を延長させる計画を2023年5月に発表しています。

ハッブル宇宙望遠鏡のジャイロスコープ故障と観測への影響

ハッブル宇宙望遠鏡の運用において、ジャイロスコープの故障は深刻な課題となっています。2024年6月、NASAはハッブルに搭載されているジャイロスコープ6個のうち4個が故障し、使用可能なものが残り2個になったことを発表しました。

 

参考)ハッブル宇宙望遠鏡のジャイロスコープ6個中4個が故障し「1個…

ジャイロスコープは望遠鏡の姿勢制御に不可欠な装置で、従来はハッブルを3個のジャイロスコープで制御していました。しかし、2023年11月、2024年4月、5月と立て続けに同じジャイロスコープで問題が発生したため、NASAは「1個のジャイロスコープで姿勢制御するモード」への移行を決定しました。このモードは2009年の整備ミッションで追加されたもので、残り2個のジャイロスコープのうち1個を予備として確保する運用方針です。

 

参考)ハッブル宇宙望遠鏡 - Wikipedia

1個のジャイロスコープでの運用では、望遠鏡の姿勢変更に時間がかかり、観測効率が低下します。また、火星より近い移動物体の観測は不可能になりますが、これはハッブルにとってまれな観測対象であるとNASAは説明しています。NASAの分析によると、2035年時点でも少なくとも1つのジャイロスコープが稼働を続けている可能性は70%とされています。

 

参考)30年以上にわたって運用されているハッブル望遠鏡は宇宙飛行士…

ハッブル宇宙望遠鏡が行った複数の修理ミッションの歴史

ハッブル宇宙望遠鏡の長寿命の秘訣は、スペースシャトルによる5回の保守ミッション(サービスミッション:SM)にあります。1993年から2009年まで、宇宙飛行士が船外活動により観測装置やその他の機器を交換し、望遠鏡の性能向上と延命を実現しました。

 

参考)ハッブル宇宙望遠鏡 〜 打ち上げまでの経緯と5回の保守ミッシ…

1回目のミッション(SM1)は1993年12月に実施され、打ち上げ直後に判明した主鏡の研磨ミスによるピンぼけ状態を修正しました。広域惑星カメラ(WFPC)を第2世代の「WFPC2」に交換することで、主鏡の不具合を光学的に補正し、ハッブルは本来の性能を発揮できるようになりました。

 

参考)ハッブル宇宙望遠鏡

2回目のミッション(SM2)は1997年2月に実施され、近赤外カメラ(NICMOS)や宇宙望遠鏡撮像分光器(STIS)などの新しい観測装置が設置されました。3回目のミッション(SM3)は当初2000年6月の予定でしたが、ジャイロスコープの故障を受けてSM3AとSM3Bに分割され、SM3Aは1999年12月に前倒しで実施されました。

4回目のミッション(SM3B)は2002年3月に実施され、新型メインカメラACS(掃天用高性能カメラ)の取り付けや太陽電池パネルの交換などが行われました。最後の5回目のミッション(SM4)は2009年5月に実施され、広視野カメラ3(WFC3)の設置、故障したACSやSTISの修理、バッテリーやジャイロスコープの交換などが行われました。

ハッブル宇宙望遠鏡の保守ミッションの詳細な歴史と各ミッションで交換された機器の説明

ハッブル宇宙望遠鏡の主な発見と科学的成果

ハッブル宇宙望遠鏡は30年以上にわたり、天文学に革命的な貢献をしてきました。地球大気の影響を受けない高精度観測により、多様な科学的成果を上げています。

 

参考)ハッブル宇宙望遠鏡

最も重要な発見の一つは、宇宙の加速膨張をもたらすダークエネルギーの発見です。ハッブルは遠方の銀河や超新星の観測から宇宙膨張の度合いを正確に測定し、宇宙が加速しながら膨張していることを実証しました。この発見は2011年のノーベル物理学賞受賞につながりました。

 

参考)https://starwalk.space/ja/news/hubble-space-telescope-facts

また、ハッブルは超大質量ブラックホールがほぼ全ての大型銀河の中心に存在することを発見しました。ブラックホールの周囲にあるガスや星々の詳細な画像を捉え、その速度を測定することで、ブラックホールの存在を初めて確証しました。それまで天文学者たちは理論的にブラックホールの存在を仮定するしかありませんでしたが、ハッブルが確かな証拠を提供したのです。

 

参考)打ち上げから30周年を迎えたハッブル宇宙望遠鏡 - アストロ…

さらに、ハッブルは太陽系外惑星の大気の特徴を解明し、惑星形成の現場を観測しました。銀河の周りのダークマター(暗黒物質)の存在確証、宇宙年齢の決定、太陽系の惑星で生じる気象現象の観測など、幅広い分野で画期的な成果を残しています。

ハッブル宇宙望遠鏡とジェイムズウェッブ宇宙望遠鏡の観測性能比較

2021年12月に打ち上げられたジェイムズウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)は、ハッブル宇宙望遠鏡の後継機として位置づけられていますが、両者は観測する光の波長が異なるため、互いに補完的な関係にあります。

 

参考)ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡とハッブル宇宙望遠鏡で撮影した…

ハッブル宇宙望遠鏡は主に可視光と紫外線を観測するのに対し、ジェイムズウェッブ宇宙望遠鏡は赤外線に特化しています。赤外線観測の利点は、塵やガスに隠された天体を見通せることで、星や惑星の誕生現場など、可視光では「見えない」領域を明らかにできます。

 

参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9450133/

実際の観測画像を比較すると、その性能差は歴然としています。同じ天体を撮影した場合、ジェイムズウェッブは天体をより明るく捉え、ハッブルでは写せていない天体も数多く写り込んでいます。南のリング星雲の画像では、ジェイムズウェッブは宇宙空間に広がるガスをクッキリと広範囲に捉え、背景にも天体が明るく写っています。

ジェイムズウェッブの主鏡はハッブルの約2.7倍の直径を持ち、より多くの光を集められます。また、地球から150万km離れた第二ラグランジュ点(L2)に配置されることで、地球からの熱干渉を避け、極低温環境での精密な赤外線観測が可能になっています。このような圧倒的な性能により、ジェイムズウェッブは初期宇宙の銀河や最初の星々の観測に威力を発揮しています。

 

参考)ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡とハッブル宇宙望遠鏡はどう違う…

ジェイムズウェッブ宇宙望遠鏡とハッブル宇宙望遠鏡で撮影した同じ天体の比較画像集

星座愛好家にとってのハッブル宇宙望遠鏡引退の意味

星座や天文学に興味を持つ愛好家にとって、ハッブル宇宙望遠鏡の引退は単なる一つの機器の退役以上の意味を持ちます。ハッブルは私たちの宇宙観を根本から変え、神話の世界だった星座を、科学的に探求できる天体の集まりとして再認識させてくれました。

ハッブルが撮影した美しい星雲や銀河の画像は、多くの人々に宇宙への興味を喚起しました。オリオン座の三つ星の下に広がるオリオン大星雲、はくちょう座の北アメリカ星雲、こと座のリング星雲など、星座を構成する天体の詳細な姿をハッブルは私たちに見せてくれました。これらの画像は、肉眼や小型望遠鏡では見えない宇宙の美しさと複雑さを明らかにし、星座を通じて宇宙を見る新しい視点を提供しました。

ジェイムズウェッブ宇宙望遠鏡は赤外線に特化しているため、可視光での観測を得意とするハッブルとは異なる宇宙の姿を見せてくれます。しかし、私たちが肉眼で見る星座の星々を美しく捉えるという点では、ハッブルの可視光観測には独特の価値があります。ハッブルの引退後は、この可視光域での高精度観測に一時的な空白が生じる可能性があり、「ハッブルロス」が天文コミュニティにもたらされるかもしれません。

 

参考)MIT Tech Review: ハッブル宇宙望遠鏡はあとど…

ただし、ハッブルの観測データは今後も天文学研究において重要な役割を果たし続けます。30年以上にわたって蓄積された膨大な観測データは、今後何十年にもわたって新しい発見の源となるでしょう。実際、ハッブルのアーカイブデータから新しい天体や現象が発見されることも珍しくありません。

さらに、当初は博物館での保存・展示が計画されていたハッブルですが、スペースシャトル計画の終了により、その実現は困難となりました。大気圏再突入時には制御された落下が行われ、可能な限り安全な場所への誘導が図られる予定ですが、この歴史的な望遠鏡の最期は、多くの天文愛好家にとって感慨深いものとなるでしょう。

 

 


宇宙からみた地球(吹替版)