はくちょう座のモチーフとなった白鳥は、主に大神ゼウスが白鳥に変身した姿であると伝えられています。ギリシャ神話では、ゼウスがスパルタ王の美しい王妃レダを気に入り、ひそかに会いに行くために白鳥の姿に変身したという物語が最も有名です。レダはそれがゼウスの化身とは知らず、美しい白鳥だと思って優しく抱き寄せてしまいました。
参考)はくちょう座 - Wikipedia
その後、レダは2つの卵を産み、一つの卵からは双子の兄弟カストルとポルックスが誕生し、この2人がふたご座のモデルとなっています。もう一つの卵からは双子の姉妹、トロイのヘレネとクリュタイムネストラという美しい女性が生まれたと伝えられています。このレダとの逢瀬のためにゼウスが変身した白鳥の姿が、夜空を彩るはくちょう座となったのです。
参考)夏の星座 はくちょう座にまつわるお話 1
ゼウスは姿を変えることなく白鳥の姿のまま天に舞い上がり、星座の中に白鳥の姿を残したため、白鳥はそのときの姿のまま天を飛んでいるとされます。異説として、ゼウスがワシに追われる白鳥を演じ、女神ネメシスの腕の中に逃げ込んだという策略の物語も存在します。
はくちょう座にはゼウスの変身伝説とは別に、もう一つ重要な神話が伝えられています。太陽神アポロン(ヘリオス)の息子パエトーンが、父の太陽の馬車を無理に操縦しようとして失敗し、ゼウス(ユーピテル)の雷電に撃たれてエリダヌス川に墜落死した際の物語です。
参考)はくちょう座ってどんな星座?【神話も紹介】
パエトーンの親友だったキュクノスは、友人の死を深く悲しみ、エリダヌス川で友の亡骸を探し求めました。悲しみに暮れたキュクノスは白鳥に変じ、一説ではその姿のまま天に上げられて、はくちょう座になったとされています。「キュクノス」という名前自体、ギリシャ語で「白鳥」を意味し、はくちょう座のラテン語名cygnusの語源となっています。
参考)https://dic.pixiv.net/a/%E3%83%91%E3%82%A8%E3%83%88%E3%83%B3
この物語は、古代ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』に詳しく記され、4世紀頃のラテン語詩人クラウディアヌスによって、白鳥に変えられたキュクノスが天に上げられてはくちょう座になったと改作されました。キュクノスはゼウスに服従せず火を嫌って沢や湖に住んだとも伝えられ、パエトーンの墜落したエリダヌス川がエリダヌス座として天を飾ることになったとされています。
はくちょう座で最も明るいα星デネブは、1.25等の白色超巨星で、全天21個ある1等星の1つです。デネブという名前は、アラビア語で「尾」を意味する言葉に由来し、白鳥の尾の部分に輝いています。太陽系から1,000光年以上という大変な遠方にありながら明るく見えるため、実際には太陽の約20倍の大きさを持つ極めて巨大で明るい星です。
参考)https://ryutao.main.jp/mythology_50.html
デネブはこと座のベガ、わし座のアルタイルとともに「夏の大三角」を形作る重要な星で、この3つの星の中では最も東寄りに位置しています。1800光年という遠方にあり、秒速100kmで膨張するガスが暴風圏のように取り巻いているというモーレツな星でもあります。
参考)はくちょう座のデネブとアルビレオ
はくちょう座β星アルビレオは、白鳥のくちばしの部分に位置する美しい二重星です。肉眼では1つに見えますが、望遠鏡で見るとオレンジ色(3等級)と青色(5等級)の2つの星に分かれ、その美しいコントラストから「天上の宝石」や「北天の宝石」と呼ばれています。宮沢賢治は『銀河鉄道の夜』でこの2つの星を、輪になって回るサファイアとトパーズになぞらえました。小さな望遠鏡でも分離して見える、全天でも指折りの美しい二重星として知られています。
参考)星座八十八夜 #3 織り姫と彦星を橋渡し「はくちょう座」 -…
大谷山荘の天体観測ページでは、はくちょう座のデネブとアルビレオの詳しい特徴や観測ポイントが紹介されています。
はくちょう座γ星サドルは、2.23等の超巨星で、白鳥の胸の部分に位置しています。サドルという名前は、アラビア語で「雌鶏の胸」を意味する言葉に由来しています。デネブが「尾」、アルビレオが「くちばし」、サドルが「胸」を意味するように、はくちょう座の主要な星々には白鳥の体の部位にちなんだ固有名が付けられています。
参考)星座解説第3回 はくちょう座編|宇宙冒険隊
はくちょう座の最大の特徴は、α・γ・η・β・ε・δの星々が作る十字の形です。この美しい十字型は、南天の南十字星と対比する形で「北十字」や「ノーザンクロス」と呼ばれ親しまれています。日本でも「ジューモンジサマ」や「オジュウジサン」という古名を伝える地方があります。
参考)はくちょう座の探し方|星座を見つけよう
兵庫県姫路市飾磨区英賀や富山県南砺市城端では「オジュウジサン(お十字さん)」、京都府では「ジューモンジサマ」という星名が伝えられていました。はくちょう座の領域内を南北に天の川が流れているため、特に星が豊かに広がる領域となっており、夏の夜空の天の川の中に明るい五つの星が大きな十文字をつくる姿は圧巻です。
はくちょう座を構成する他の重要な星として、δ星(3等星)には「ファワリス」、ε星(2等星)には「アルジャナー(雌鶏の翼の意)」という固有名が認証されています。これらの星を探すことができれば、はくちょう座の全体像を掴むのは容易になります。
はくちょう座は夏から秋にかけての代表的な星座で、20時正中は9月下旬頃ですが、初夏から初冬まで長く観望することができます。まず夏の夜空で最も明るく輝くこと座のベガを見つけ、そこから天の川を挟んで東側の少し低い位置にわし座のアルタイルを探します。その間の天の川を辿って北寄りの東の空を見上げると、はくちょう座のデネブが見つかります。
この3つの1等星が形作る「夏の大三角」を目印にすれば、はくちょう座を見つけるのは簡単です。夏の大三角が南中する頃、はくちょう座は頭の真上に見え、悠々と翼を広げる大きな星座の姿は本当に見事です。晩夏の夜、頭上に広がる北十字の星の並びは特に美しく見えます。
はくちょう座は北半球では夏から秋にかけての星座とされていますが、北端は+61.36°、南端は+27.73°と天の赤道から北に離れた位置にあるため、南半球の中緯度地域から南ではその全容を見ることが難しくなります。一方で北極圏では星座のすべての星が周極星となり、一年中観測できます。
はくちょう座を観測する際は、天の川が流れる領域であるため、都会の明るい空よりも、暗い空が広がる場所で観測することをお勧めします。双眼鏡や望遠鏡があれば、アルビレオの美しい二重星や、散開星団M29、M39などの星雲星団を楽しむことができます。特にアルビレオは小さな望遠鏡でも観測できるため、初心者にも人気の観測対象となっています。
ホンダの星座図鑑では、はくちょう座の詳しい見つけ方や季節ごとの観測ポイントが写真付きで紹介されています。