ふたご座は、ギリシャ神話に登場する双子の英雄カストルとポリュデウケース(ポルックス)の物語に基づいています。この双子は「ディオスクーロイ」と呼ばれ、その名は「ゼウスの息子たち」を意味します。スパルタの王妃レダが、白鳥に姿を変えた大神ゼウスと愛し合い、二つの卵を産みました。一つの卵からは双子の姉妹ヘレンとクリュテムメストラが、もう一つの卵からカストルとポルックスが誕生しました。
参考)星座八十八夜 #48 神と人間の双子「ふたご座」 - アスト…
この双子の兄カストルは人間の体を持ち剣術の名人として、弟ポルックスはゼウスの血を引く不死身の体を持ち馬術と拳闘の名人として育ちました。二人はいつも一緒に戦場を駆け巡り、アルゴ号の遠征隊にも参加して多くの戦功を立てました。しかしある戦いでカストルが流れ矢に当たって命を落とすと、ポルックスは深く悲しみ、ゼウスに自分の不死を解いて兄と一緒に死なせてほしいと懇願しました。
参考)https://seiza.imagestyle.biz/sinwa/hutago.shtml
兄を慕うポルックスの心に打たれたゼウスは、その願いを叶え、二人は一緒に夜空にのぼってふたご座となりました。エラトステネースによれば、彼らは兄弟愛に関して誰にも勝り、どちらが上かについても争うことがなかったため、この絆に感心したゼウスによって星座とされたといいます。ローマ時代には、ふたご座は船の守り神としても崇められ、マストの先に現れる「セント・エルモの火」はふたご座が起こす現象で、これが見えれば嵐は治まると信じられていました。
ふたご座α星カストルは、肉眼では1.6等の明るさのごく普通の星に見えますが、実は6つの恒星からなる極めて複雑な六重連星系です。1718年にJames Poundが初めて、カストルがカストルAとカストルBからなる実視連星であることを発見しました。この二つの星の分離角は1970年に約2秒角でしたが、1997年には約7秒角まで離れ、公転周期は460年とされています。視等級はカストルAが1.9等、カストルBが3.0等です。
参考)https://www.astroarts.co.jp/article/hl/a/2276
さらに驚くべきことに、この実視連星を形成する2つの星はそれぞれが分光連星であり、カストルAa、Ab、Ba、Bbの4重連星系を作っています。そして加えて、カストルABから72秒角離れた場所に、この4重連星と同じ視差と固有運動を持つ暗い伴星カストルCを伴っており、これも赤色矮星2個が周期1日弱で公転する分光連星(カストルCa、Cb)です。すなわちカストルは、カストルAa、Ab、Ba、Bb、Ca、Cbが重力的に縛られた6重連星系と考えられています。
参考)カストル (恒星) - Wikipedia
一般的な望遠鏡でも、カストルが2つに分かれている様子を観察することができます。小口径望遠鏡を使えば、カストルAとカストルBの分離を確認でき、残りの4つの星はスペクトル分析によって存在が確認されています。カストルは地球から約51光年の距離にあり、ふたご座流星群の放射点としても知られています。
参考)ふたご座の連星カストルと木星の観測 href="https://nisimoto.wordpress.com/2014/03/04/%E3%81%B5%E3%81%9F%E3%81%94%E5%BA%A7%E3%81%AE%E9%80%A3%E6%98%9F%E3%82%AB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AB%E3%81%A8%E6%9C%A8%E6%98%9F%E3%81%AE%E8%A6%B3%E6%B8%AC/" target="_blank">https://nisimoto.wordpress.com/2014/03/04/%E3%81%B5%E3%81%9F%E3%81%94%E5%BA%A7%E3%81%AE%E9%80%A3%E6%98%9F%E3%82%AB%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AB%E3%81%A8%E6%9C%A8%E6%98%9F%E3%81%AE%E8%A6%B3%E6%B8%AC/amp;#8211; SEMI…
XMM-ニュートン衛星によるカストルのX線観測結果が詳しく解説されています
ふたご座β星ポルックスは、星座内で最も明るい1.14等の一等星で、全天21の1等星の一つに数えられています。バイエル符号ではα星がカストルとされていますが、実際にはポルックスの方が明るく輝いています。ポルックスは地球から約34光年の距離にあり、カストルの51光年よりも近い位置にあります。
参考)姫路科学館・天体写真と観測報告「冬の一等星」
ポルックスは太陽の1.9倍の質量を持ち、半径は太陽の9.06倍、光度は太陽の32.7倍に達する巨星です。表面温度は約4,586ケルビンで、自転周期は558日という非常にゆっくりとした回転をしています。オレンジ色に輝くこの星は、冬の夜空で「冬の大三角」のベテルギウスとプロキオンを線で結び、直角に北へ曲がった先に、カストルと並んで見つけることができます。
参考)https://starwalk.space/ja/news/pollux-gemini-brightest-star
興味深いことに、カストルとポルックスの命名において、二番目に明るい星の方が兄のカストルとされているのは、星の明るさではなく地平線から昇る順番に基づいているためです。冬の季節に東の夜空を眺めると、カストルが地平線から先に顔を出し、その後に続いてポルックスが登場するという順番で観測されます。このため、先に現れる星に兄であるカストルの名が、後に続く明るい星に弟であるポルックスの名がつけられました。
参考)ふたご座の星の名前の由来とは?カストルとポルックスの兄弟星の…
ふたご座のカストルの足元には、満月ほどの大きさを持つ美しい散開星団M35が位置しています。M35の光度は5.3等で、夜空の暗い場所では肉眼でも丸い星雲状の姿が見え、約500個の星で構成されています。ファインダーでも明るい星がいくつか見え、散開星団であることがよくわかります。小口径から大口径まで楽しむことができる美しい星団で、写真にも非常によく写るため人気が高い天体の一つです。
参考)https://www.astroarts.co.jp/alacarte/messier/html/m35-j.shtml
M35のすぐそば(15分角)には、11等級の小さく星が密集した散開星団NGC 2158があり、同一視野で観察できます。双眼鏡や天体望遠鏡の低倍率では、M35とNGC2158の両方が同時に視野に入ってきます。NGC2158は集中度が高い散開星団なので、M35と星の集まり方を見比べると非常に興味深い観察ができます。
参考)https://ryutao.main.jp/stl_m35.html
M35は、スイスの天文学者シェゾーによって1746年に発見され、メシエは1764年に観測して記録を残しました。天王星を発見したウィリアム・ハーシェルもこの天体の観測記録を付けています。ふたご座のμ星、η星と結ぶと少し間延びした三角形を作るので、一度覚えてしまえば簡単に探せるようになります。
メシエ天体ガイドでM35の詳細な観測方法と撮影テクニックが紹介されています
ふたご座は現代の天文学において、全部で183個ほどの恒星によって構成されている星座です。カストルとポルックス以外にも、比較的明るくて大きい主要な星として、アルヘナ、ワサト、メブスタ、メクブダ、プロプス、テジャト、アルジルといった星々が知られています。これらの星の多くはアラビア語に由来する名前を持ち、古代の天文学者たちがこの星座を詳しく観測していたことを物語っています。
アルヘナ(γ星)は、ふたご座で三番目に明るい1.93等の二等星で、アラビア語で「焼印」を意味する「al han'ah」に由来します。ワサトはアラビア語で「中間」を意味し、メブスタは「ライオンの伸ばした脚」、メクブダは「ライオンの畳んだ脚」という意味を持ちます。プロプスはギリシア語で「前足」を意味する言葉に由来し、アルジルはアラビア語で「ボタン」を意味します。
参考)https://starwalk.space/ja/news/december-stars-and-constellations
これらの星々を線でつなげて星座の形を描く際には、カストル、ポルックス、アルヘナの三つの明るい恒星を基点として、細長くハの字型に細かい星々が並ぶ特徴的な星列が形成されます。星座望遠鏡を使って4~5等星まで見えるようにすると、星座線がなくてもふたご座の形がよくわかり、星座線から外れた場所にも小さな星が見えてきます。
ふたご座は単なる美しい星座というだけでなく、天文学的に重要な観測対象を多数含んでいます。三大流星群の一つに数えられるふたご座流星群は、カストル付近を放射点としており、毎年12月中旬に活発な活動を見せます。この流星群の母天体は小惑星ファエトンとされ、分裂や崩壊現象の可能性についても研究が進められています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/16c9ff823559a3bbfe716b8c8a0df247a4aa0e54
ふたご座には興味深い変光星も存在します。カストルCは「りゅう座BY型変光星」であり、ふたご座YY星という名称でも呼ばれています。また、ふたご座ζ星は古典的セファイド変光星に分類される脈動変光星で、10.15073日の周期でスペクトルをF7IbからG3Ibに変えながら、3.62等から4.18等の範囲で明るさを変化させています。
参考)ふたご座 - Wikipedia
さらに、ふたご座には激変星の一種である矮新星のサブグループ「はくちょう座SS型」に分類される変光星も含まれています。通常時は14.9等の見かけの明るさが、増光時には最大8.2等まで明るさを増し、増光の周期は平均105.2日です。また、1903年と1912年には新星が発見され、それぞれ極大光度4.8等と3.6等に達しました。ふたご座が天の川に近い位置にあることも、こうした多様な天体現象が観測される理由の一つとなっています。
参考)ふたござ【<双子>座】
アストロアーツの星座八十八夜でふたご座の詳しい観測ガイドが提供されています