分光連星とは、望遠鏡では分離して観測できないものの、恒星のスペクトルに現れる吸収線の周期的変化によって複数の星からなることが確認できる連星です。通常の望遠鏡で見ると1つの星に見えるため、肉眼や一般的な観測では連星であることがわかりません。2つ以上の恒星が共通の重心の周りを公転している天体系が連星ですが、その距離が非常に近い場合、視覚的に分離できず分光観測によってのみ連星であることが判明します。
参考)「分光連星」の意味や使い方 わかりやすく解説 Weblio辞…
このような天体は観測方法によって実視連星、食連星、位置天文的連星とともに連星の4つの主要な分類の1つとされています。分光連星は星の質量を直接測定できる重要な手段であり、天文学における恒星研究において特に価値があります。連星系は恒星全体の約25%以上を占めると考えられており、宇宙では決して珍しい存在ではありません。
参考)連星 - Wikipedia
分光連星の発見は19世紀末に始まり、現在では多数の天体が分光連星として確認されています。特に、恒星のスペクトル型や明るさ、軌道周期などを詳細に研究することで、星の進化や物理的性質の理解が深まっています。
分光連星を検出する最も重要な手がかりは、恒星のスペクトルに現れる吸収線のドップラー効果による変化です。連星を構成する2つの星が共通重心の周りを公転すると、各星は視線方向に近づいたり遠ざかったりする運動を繰り返します。この視線速度の変化によって、星の光のスペクトル線が周期的に青方偏移(近づく時)や赤方偏移(遠ざかる時)を起こします。
参考)分光連星
ドップラー効果とは、光源が観測者に対して運動している場合に波長が変化する現象です。星が地球に近づく時はスペクトル線が短波長側(青色側)にシフトし、遠ざかる時は長波長側(赤色側)にシフトします。この波長変化を精密に測定することで、星の視線速度を数km/s単位で検出できます。
参考)視線速度 - Wikipedia
連星の2つの星はそれぞれ異なる速度で動いているため、各星からの吸収線は異なる量だけドップラーシフトします。分光器の分解能が十分に高ければ、両方の星のスペクトル線を別々に観測できる「SB2(Double-lined)型」となり、より詳細な軌道要素や質量比の決定が可能になります。一方、伴星が暗くて主星のスペクトル線のみが観測される場合は「SB1(Single-lined)型」と呼ばれます。
参考)https://www.asj.or.jp/nenkai/archive/2019b/pdf/N15b.pdf
分光連星の観測では、高分解能の分光器を使用してスペクトル線の位置を精密に測定し、視線速度曲線を作成します。観測には口径1メートル程度以上の望遠鏡と波長分解能λ/Δλ~10000以上の分光器が用いられることが多く、継続的な観測によって周期的な速度変化のパターンを捉えます。視線速度曲線から公転周期、軌道離心率、近点通過時刻などの軌道要素を決定できます。
参考)http://fnorio.com/0203binary_star/binary_star.html
分光連星のデータから恒星の質量を求めることができるのは、ケプラーの第3法則を応用できるためです。2つの星が共通重心の周りを回る運動では、公転周期Tと軌道半径rから質量の和(M+m)を求める関係式が成立します。視線速度の観測値と軌道傾斜角の情報を組み合わせることで、各星の質量を個別に決定することも可能です。
参考)天体の質量は、どうやって測っている?「あの星は太陽質量の10…
ただし、分光連星では視線方向の速度成分しか観測できないため、軌道面が視線に対してどれだけ傾いているかという軌道傾斜角iが不明な場合、質量には不定性が残ります。食連星のように光度変化が観測できる場合は軌道傾斜角が推定でき、より正確な質量決定が可能になります。このように分光観測と測光観測を組み合わせることで、恒星の物理量をより詳しく解明できます。
参考)おもしろい宇宙の科学(8)<恒星−その3>
天文学辞典 - 分光連星
分光連星の定義と観測原理について詳しい解説が掲載されています。
分光連星の代表例として知られるのが、おとめ座α星のスピカ(Spica)です。スピカは1等星として春の大三角を形成する明るい星ですが、実際には約4日という非常に短い周期で互いに回り合う連星です。主星と伴星の距離が極めて近接しているため、望遠鏡では分離できず、スペクトル観測によって初めて連星であることが判明しました。
参考)分光連星(ブンコウレンセイ)とは? 意味や使い方 - コトバ…
さらに最近の観測では、スピカは四重分光連星の主星と伴星からなる五重星であることが明らかになっています。主星は表面温度約23,000度、光度が太陽の13,400倍もある高温の恒星で、わずか0.1等星程度の変光も見せます。このような複雑な連星系の研究は、恒星進化や星の相互作用を理解する上で貴重な情報源となっています。
参考)https://turupura.com/guide/star/supika.html
歴史上最初に発見された分光連星は、おおぐま座のミザール(Mizar)です。1889年にアメリカの天文学者エドワード・ピッカリングがミザールAの分光観測から、主星が連星であることを発見しました。それ以前の1650年には、イタリアのリッチョーリによってミザールが望遠鏡で見える実視連星であることが確認されていましたが、分光観測によってさらに複雑な多重星系であることが判明したのです。
参考)ミザールとは? 意味や使い方 - コトバンク
その後、ミザールBやアルコルもそれぞれ分光連星であることがわかり、ミザール全体は6つ以上の星からなる複雑な連星系であることが明らかになりました。このような発見は、19世紀末の分光技術の発展によって可能になったものであり、天文学における分光観測の重要性を示す歴史的な成果でした。
国立天文台 - ミザールとアルコルを見よう
ミザールの連星構造と観測の歴史について国立天文台による詳しい解説があります。
分光連星の研究は、単独星では解明できない恒星進化の複雑なプロセスを理解する手がかりを提供します。連星系では、2つの星が互いに重力で影響し合い、物質の交換や質量移動が起こることがあります。このような相互作用は、超新星爆発、X線連星、重力波の発生など、宇宙の多様な天体現象と深く関わっています。
参考)「連星」の進化を辿る研究それはhref="https://www.shinshu-u.ac.jp/zukan/person/post-74.html" target="_blank">https://www.shinshu-u.ac.jp/zukan/person/post-74.htmlquot;宇宙の考古学href="https://www.shinshu-u.ac.jp/zukan/person/post-74.html" target="_blank">https://www.shinshu-u.ac.jp/zukan/person/post-74.htmlquot;だ!
特に近接連星では、星同士の距離が非常に近いため、一方の星が進化して膨張すると、その表面物質がもう一方の星に流れ込む「質量移動」が発生します。近接連星は「接触型」「半分離型」「分離型」に分類され、それぞれ異なる進化段階や物理的特性を持っています。このような質量移動の過程を観測することで、星の進化モデルを検証し、改良することができます。
参考)連星の分類とは? 意味や使い方 - コトバンク
日本における連星進化研究では、信州大学などの研究機関が中心となって、理論モデルと観測データの統合が進められています。2015年に重力波観測施設LIGOがブラックホール連星からの重力波を初検出した際、その質量が初代星の連星進化によって形成された可能性が指摘され、理論予測と観測結果が一致したことは大きな成果でした。
分光連星の組成研究も進展しており、兵庫県立大学西はりま天文台の「なゆた望遠鏡」などを用いて、主星と伴星の化学組成の違いを探る研究が行われています。このような研究により、連星形成時の環境や物質分布、星間物質の化学進化についての理解が深まると期待されています。分光連星は、宇宙の歴史を紐解く「宇宙の考古学」とも呼べる研究分野なのです。
分光連星の観測には高度な技術と継続的な観測体制が必要です。視線速度を精密に測定するためには、スペクトル線の波長を高い精度で決定する必要があり、そのためには波長較正用の参照光源が重要です。太陽系外惑星の探査に用いられるヨードセル法などの技術では、ヨウ素分子ガスの吸収スペクトルを参照として、数km/sレベルの視線速度変化を検出できます。
参考)https://www.astron.s.u-tokyo.ac.jp/~masa/lecture_20110606.pdf
しかし、分光連星の観測には課題もあります。視線速度が速くないとドップラー偏移が小さく観測が困難であり、公転半径が短く公転周期が短い連星ほど観測しやすいという制約があります。また、暗い伴星のスペクトル線を検出するには大口径望遠鏡が必要で、口径1メートル程度の望遠鏡でも取得が困難な場合があります。
参考)連星系・変光星研究会2022
日本では、京都大学のせいめい望遠鏡(3.8m)、兵庫県立大学のなゆた望遠鏡(2m)、岡山天体物理観測所の188cm望遠鏡などが分光連星の観測に活用されています。これらの望遠鏡を用いた継続観測により、太陽型星のスーパーフレアの連続分光観測や、M型フレア星の分光・測光同時観測などの成果が上がっています。
🔭 観測体制の強化
今後は、複数の望遠鏡によるネットワーク観測や、宇宙望遠鏡との連携によって、より多くの分光連星の詳細な研究が可能になると期待されます。
⚙️ 技術革新の進展
分光器の高性能化や、データ解析技術の向上により、これまで検出困難だった微弱な信号も捉えられるようになっています。
📊 データベースの充実
観測データの蓄積とデータベース化により、長期的な視線速度変化の追跡や、多数の天体の統計的研究が進むでしょう。
分光連星の研究は、恒星物理学の基礎から宇宙進化の謎まで、幅広い領域に貢献する重要な分野です。スペクトル線という星からのメッセージを読み解くことで、私たちは宇宙の成り立ちと星々の営みをより深く理解できるのです。
信州大学 - 連星進化研究
日本における連星進化研究の最前線と、ブラックホール連星への応用について紹介されています。