北斗七星のひしゃくの柄の部分、端から2番目に輝く2等星がミザールです。このミザールのすぐそばには、4等星のアルコルという暗い星が寄り添っています。両星の離角は約12分角で、これは満月の直径の半分程度に相当します。目の良い人なら肉眼でこの二つの星を分離して見ることができるため、古代アラビアでは視力検査に使われていました。
この二重星を見分けるために必要な視力は、計算上約0.1以上とされています。視力1.0の人の分解能は1分角に相当するため、12分角離れた二つの星を見分けることは、それほど難しくありません。ただし、アルコルは4等星と暗いため、空の明るさや観測条件によって見え方が変わってきます。
ミザールは太陽系から約86光年、アルコルは約82光年の距離にあり、両星の実際の距離は約4光年です。これは太陽と最も近い恒星であるケンタウルス座α星との距離とほぼ同じです。両星は固有運動がほぼ同じ方向と移動量を持つことから、連星系である可能性が高いと考えられています。
14世紀のアラビアの辞典編集者マジドッディーン・フィールーザーバーディーによれば、古代アラビアではこの星を「アル・サイダク」(テスト)と呼び、二つの星が分離して見えるかどうかで視力を試していました。この視力検査は兵士の徴兵にも使われており、アルコルが見える人は兵士として徴兵されたという記録が残っています。
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アルコルという名前は、アラビア語の「アル・カワール」(かすかなもの、見捨てられたもの)に由来しています。一方、ミザールはアラビア語で「腰帯」を意味し、くま座とは直接関係のない名前が付けられています。古くからミザールを馬、アルコルを乗り手とみる見方もあり、ラテン名では「小さな星の騎手」と呼ばれていました。
日本では、この星が人気アニメ『北斗の拳』で「死兆星」として登場したことで有名になりました。作品中では「この星が見えると死が近い」とされていますが、実際には逆で、アルコルが見えなくなると視力が落ちた証拠であり、老化のサインとして「死兆星」や「寿命星」と呼ばれるようになったという説があります。
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肉眼では二つに見えるミザールとアルコルですが、望遠鏡を使うとさらに驚くべき姿が見えてきます。100倍程度の倍率でミザールを観測すると、ミザール自身がさらに二つの星に分かれていることがわかります。これらはミザールAとミザールBと呼ばれ、約14秒角離れています。
ミザールは望遠鏡で分離できる「望遠鏡的二重星」として、歴史上最初に発見されたものです。この発見以来、天体観測の進歩とともに、ミザールとアルコルに存在する星の数が2個だけではないことが次々と明らかになってきました。100倍程度の倍率であれば、ミザールA、ミザールB、そしてアルコルの3つすべてを一つの視野に収めることができます。
参考)すばる星空倶楽部
観測に適した時期は、北斗七星が天高く昇る春から夏にかけてです。特に4月から7月にかけては、北斗七星が見やすい位置にあるため、ミザールとアルコルの観測に最適な季節といえます。望遠鏡を使わなくても、晴れた夜に北の空を見上げるだけで、この歴史ある二重星を楽しむことができます。
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ミザールは天文学史上、さらに重要な発見の舞台となりました。1889年、エドワード・ピッカリングがミザールAを観測した際、スペクトルの変化から、画像では単独の星に見えるが実際は二つの星が互いに周回している「分光連星」であることを発見しました。これは歴史上最初に発見された分光連星です。
この分光連星をなす二つの星は、ともに太陽の約35倍の明るさを持ち、約20日周期で公転しています。その後、ミザールBも分光連星であることが明らかになりました。さらに2009年には、アルコルにも8.8等の伴星が発見され、アルコル自身も二重星であることがわかっています。
1996年には、アメリカのNPOI(Navy Prototype Optical Interferometer)干渉計によって、ミザールA連星系が非常に高い分解能で撮影されました。この観測により、肉眼で見ると一つの星に見えるミザールが、実際には複雑な多重連星系であることが証明されました。ミザールAとミザールBの公転周期は数千年に及び、主星から380auの距離まで近づきます。
ミザールとアルコルが連星系を形成しているかどうかについては、確かな結論はまだ出ていません。両星の距離は約4光年と近く、固有運動もほぼ同じ方向と移動量を持つことから、全くの他人ではないと考えられています。しかし、この距離で重力の影響を及ぼし合っているとは考えにくいという意見もあります。
接近して見える二つの星が「見かけの二重星」か「連星」かを確認するには、星どうしの距離と固有運動を調べる必要があります。公転周期の長い連星の場合、二つの星の固有運動はほぼ同じ方向と同じ移動量になります。ミザールとアルコルはこの条件を満たしているため、連星系である可能性は高いものの、決定的な証拠はまだ得られていません。
現在わかっているミザールとアルコルの構造をまとめると、以下のようになります。
| 天体名 | 等級 | 構造 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| ミザールA | 2.2等 | 分光連星(2星) | 太陽の約35倍の明るさ、約20日周期で公転 |
| ミザールB | 4.0等 | 分光連星(2星) | ミザールAから380au、公転周期は数千年 |
| アルコル | 4.0等 | 二重星(2星) | 2009年に8.8等の伴星発見 |
この表からわかるように、肉眼では二つに見えるミザールとアルコルは、実際には少なくとも6つの星から構成される複雑な多重連星系です。
ミザールとアルコルの観測は、天体観測の入門として最適です。まず肉眼で二つの星を見分けることから始め、双眼鏡を使えばより明瞭に二つの星を確認できます。そして天体望遠鏡を使えば、ミザール自身が二重星であることを確認できるという、段階的な楽しみ方ができます。
国立天文台の観測ガイドでは、ミザールとアルコルの観測方法が詳しく解説されています。このサイトでは、望遠鏡での観測方法や、観測に適した時期などの情報が得られます。
ミザールとアルコルは、古代の視力検査から最新の分光観測まで、天文学の歴史とともに歩んできた星です。晴れた夜に北の空を見上げて、この歴史ある二重星を探してみてはいかがでしょうか。肉眼で見える二つの星の背後には、驚くべき宇宙の姿が隠されています。