とけい座の神話と構成する星:南天の振り子時計の全貌

南半球に輝くとけい座は、18世紀に天文学者ラカイユが設定した新しい星座です。振り子時計をモチーフにしたこの星座には、どんな神話や構成する星があるのでしょうか?

とけい座の神話と構成する星

この記事で分かること
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とけい座の成り立ち

18世紀にラカイユが設定した振り子時計をモチーフにした南天の星座

構成する星々の特徴

α星をはじめとする暗い星々の配置と特性を詳しく解説

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観測と天体

日本での観測条件やとけい座にある銀河団などの天体情報

とけい座の神話と由来の真実

とけい座には古代から伝わる神話が存在しません。これは、とけい座が1750年代にフランスの天文学者ニコラ・ルイ・ド・ラカイユによって設定された新しい星座だからです。ラカイユは南半球の空を観測し、それまで星座が設定されていなかった空域に新たな星座を作りました。

 

参考)とけい座ってどんな星座?【神話も紹介】

当初この星座は「振り子時計座(Horologium Oscilatorium)」と名付けられ、天体図にも振り子時計の絵が描かれていました。18世紀当時、振り子時計は最も正確な時計とされており、天体観測には欠かせない道具でした。実際にラカイユは天体観測のために2台の振り子時計を持って南アフリカへ遠征しており、そのときに持参した振り子時計がこの星座のモデルになったと伝えられています。

 

参考)http://yumis.net/space/star/south/hor.htm

振り子時計の発明者は、オランダの科学者クリスティアン・ホイヘンスです。ホイヘンスは1656年に振り子の法則を利用した正確な時計の仕組みを発明し、それまで1日に約30分もずれていた時計を、わずか1分程度のずれにまで精度を高めました。この画期的な発明により、ホイヘンスは「機械式時計の父」と呼ばれています。ラカイユがとけい座を設定した背景には、こうした振り子時計の天文学における重要性があったのです。

 

参考)とけい座とは?見つけ方や見どころ

日本時計協会による振り子時計の発明史(ホイヘンスの発明について詳しい解説)

とけい座を構成する星の特徴と配置

とけい座は4等星が1つで、残りは5等星以下の暗い星々から構成されています。最も明るいとけい座α(アルファ)星でさえ3.86等級の橙色巨星にすぎず、固有名を持つ恒星は星座全体に1つも存在しません。このため、特徴的な形をしていながらも、肉眼で時計の形をたどることは非常に難しいとされています。

 

参考)とけい座|やさしい88星座図鑑

星座絵では、小さな三角形が時計の本体部分を表し、そこから長く伸びた2本の線が振り子の部分にあたります。その2本の振り子のうち、長い方の先端部分にとけい座α星が位置しています。とけい座α星は地球から約115光年の距離にあり、スペクトル分類はK2IIIに分類される橙色の巨星です。

 

参考)とけい座アルファ星とは - わかりやすく解説 Weblio辞…

とけい座には他にも注目すべき恒星があります。とけい座ι(イオタ)星は5.40等星で、1999年に太陽系外惑星が発見されたことで知られています。また、とけい座R星は見かけの明るさが4.7等から14.3等まで大きく変化するミラ型の脈動変光星です。さらに、GJ 1061という赤色矮星は太陽系からわずか約12光年の距離にあり、近傍の恒星として注目されています。

 

参考)とけい座 - Wikipedia

  • とけい座α星:3.86等級、橙色巨星、距離約115光年
  • とけい座ι星:5.40等星、太陽系外惑星を持つ
  • とけい座R星:ミラ型変光星、4.7~14.3等級の変光幅
  • GJ 1061:13.07等の赤色矮星、距離約12光年

とけい座の観測方法と見える時期

とけい座は南半球に位置する南天の星座で、主に南半球で観測できます。南半球では11月から1月ごろが最も見やすい時期で、一年中観測することが可能です。日本では冬の時期が見頃となりますが、南端の地域である石垣島や宮古島、波照間島などからでないと全体像を見ることができません。実際、日本最南端の有人島である波照間島からも星座の全域を見ることはできないほど南に位置しています。

 

参考)Horologium(とけい座)について知ろう!【南天に刻ま…

とけい座を探す際は、近隣の目印となる星座を利用するのが効果的です。特にエリダヌス座とレチクル座の間にとけい座が位置しています。エリダヌス座α(アルファ)星のアケルナルは1等星で南天の星座の中では目立つ恒星なので、このアケルナルから南の方へ視線をずらしていくととけい座を見つけることができます。とけい座はエリダヌス座の端にあるアケルナルの東に位置し、川の流れと平行に星が並んでいます。

20時に南中するのは1月5日ごろで、正中高度は約3度と非常に低い位置にあります。日本で観測する場合、南の地平線ぎりぎりに見えるため、南の空が開けた場所を選ぶ必要があります。面積は248.885平方度で全天88星座中58位の大きさですが、肉眼で見える星は約30個と少なく、そのほとんどが5等星以下の暗い星です。

 

参考)冬の星座「とけい座」の見つけ方を紹介します

とけい座に存在する銀河と天体

とけい座の領域には、いくつかの興味深い銀河や天体が存在します。特に注目されるのは球状星団NGC 1261で、これはコールドウェルカタログ(Caldwell)の87番としても知られています。NGC 1261は比較的明るい球状星団で、小型望遠鏡でも観測可能な天体です。

とけい座には複数の銀河も存在します。NGC 1433は棒渦巻銀河で、中心部に棒状の構造を持つ特徴的な形状をしています。NGC 1448は通常の渦巻銀河で、NGC 1512も棒渦巻銀河に分類されます。これらの銀河は中型から大型の望遠鏡を使用することで、その構造を観察することができます。

さらに注目すべきは、とけい座超銀河団の存在です。この超銀河団には約5,000もの銀河系が含まれ、その直径はおよそ550億光年にも及ぶと考えられています。これは宇宙の大規模構造を理解する上で重要な天体です。また、ハッブル宇宙望遠鏡がとらえた、とけい座の銀河団ACO S 295の画像には、渦巻銀河から楕円銀河まで、さまざまな形と向きの銀河が映し出されており、銀河団の重力レンズ効果によって遠方の銀河の像が歪んでいる様子も観測されています。

 

参考)形や向きなどさまざまな銀河の群れをハッブルがとらえた

ハッブル宇宙望遠鏡がとらえたとけい座の銀河団ACO S 295の画像(NASA/ESAの公式画像)

とけい座と天文学の歴史的意義

とけい座が設定された18世紀半ばは、天文学が大きく発展した時代でした。ラカイユは単にとけい座だけでなく、科学道具をモチーフにした一連の星座を設定しており、これらは「科学道具シリーズ」と呼ばれています。この時代、科学と天文学の関係は非常に密接で、正確な時間測定なしには天体観測は不可能でした。

振り子時計の精度向上は、天文学の発展に直接貢献しました。ホイヘンスが1674年にテンプに「ひげぜんまい」をつけた携帯時計を製作したことで、それまで一日に数時間も誤差があった時計が、わずか一日10分程度の誤差にまで改善されました。この技術革新により、天体の位置測定や航海術が飛躍的に進歩したのです。

 

参考)クロノグラフの長~い歴史|時計の知識

興味深いことに、北半球でとけい座を見ると振り子の方が文字盤より上になり、時計が逆さまになって見えますが、南半球では文字盤が上、振り子が下になり、正しい向きの時計として見ることができます。これはラカイユが南半球から観測して星座を設定したためです。星座の形状は観測者の位置によって見え方が変わるという、天文学の基本的な原理を示す良い例となっています。

 

参考)星座八十八夜 #43 ラカイユの科学実験シリーズ「とけい座」…

とけい座という星座の存在そのものが、科学技術と天文学の密接な関係を象徴しているといえるでしょう。古代から伝わる神話的な星座とは異なり、近代科学の産物として夜空に刻まれたとけい座は、人類の知的探求の歴史を今も静かに物語っています。