うみへび座α星アルファルドは、この巨大な星座で唯一の二等星として春の南天に輝いています。アラビア語で「孤独なもの」を意味するこの名前は、周囲に明るい星が一切なく、ぽつんと単独で光る様子から名付けられました。オレンジ色に輝くK型巨星で、うみへびの心臓部分に位置することから「コル・ヒドラ」とも呼ばれます。
参考)うみへび座 - Wikipedia
アルファルドは太陽系から約177光年の距離にあり、見かけの明るさは1.98等です。スペクトル型K3IIIの赤色巨星に分類され、表面温度が比較的低いためオレンジ色に見えます。春の夜空では、冬の大三角に代わって南の空で存在感を放ち、季節の移ろいを告げる星として親しまれています。
参考)アルファルド - Wikipedia
この星の位置は、しし座のレグルスとこいぬ座のプロキオンのほぼ中間地点にあたります。都会の明るい空でも比較的見つけやすく、春の星座観察の重要な目印となります。トヨタ自動車の車種「アルファード」も、この星の英語表記「Alphard」と同じスペルであり、星座から命名された可能性が指摘されています。
うみへび座のモデルは、ギリシア神話に登場するレルネーの沼に棲む怪物ヒュドラです。ヒュドラはアルゴリス地方のレルネーにあるアミモネの泉に住む巨大な水蛇で、九つまたは百もの頭を持つとされる凶暴な怪獣でした。その血と息には猛毒があり、近隣の住民を襲って恐れられていました。
参考)https://seiza.imagestyle.biz/sinwa/umihebi.shtml
この怪物退治は、英雄ヘラクレスの「十二の功業」の二番目の試練として課せられました。ヘラクレスは甥のイオラオスとともにレルネーの泉を訪れ、ヒュドラと対峙します。剣で頭を切り落とすと、その場所から新たに二つの頭が生えてくるという恐るべき再生能力に苦戦しました。
参考)https://ryutao.main.jp/mythology_09.html
イオラオスの機転により、切り落とした首の切り口を松明で焼くことで再生を防ぐ方法を発見します。ヘラクレスは次々と頭を切り落としては焼き、最後に残った不死身の頭は巨大な岩の下に封じ込めました。戦いの最中には、女神ヘラが送り込んだ巨大な蟹カルキノスがヘラクレスの足を挟んで妨害しましたが、踏み潰されてかに座になったと伝えられています。
参考)星座八十八夜 #73 もっとも長~い星座「うみへび座」 - …
星座八十八夜でうみへび座の神話の詳細と古代からの歴史的記録を確認できます
うみへび座は全天最大の星座でありながら、アルファルド以外に目立つ明るい星が少ないのが特徴です。古代の天文学者エラトステネースによれば27個、プトレマイオスの『アルマゲスト』では25個の星で構成されると記録されています。現代の5.5等級までの星の数は71個にのぼります。
参考)https://ryutao.main.jp/constellation_hya.html
α星アルファルド(1.98等)に次ぐ明るい星は、γ星(3.00等)、ζ星(3.11等)、ε星(3.38等)などの三等星です。ν星は3.11等のK型赤色巨星で、うみへび座で四番目に明るい恒星として知られています。頭部を構成する小さな五角形の星の配置は比較的見つけやすく、この部分を目印に全体を辿ることができます。
特徴的な変光星としては、R星が挙げられます。ミラ型変光星に分類され、388.87日の周期で3.5等から10.9等の範囲で明るさを変化させます。また、2005年に発見された超高速度星SDSS J090745.0+024507は、天の川銀河の脱出速度の2倍に達する速度で運動している19.84等の恒星です。
参考)うみへび座の恒星の一覧とは - わかりやすく解説 Webli…
HD 85951という恒星には「フェリス(Felis)」という固有名が認証されています。これは1799年頃にフランスの天文学者ジェローム・ラランドが考案した「ねこ座」がこの領域にあったことに由来します。
📊 主要な構成星の比較
| 星名 | 等級 | スペクトル型 | 距離(光年) | 特徴 |
|---|---|---|---|---|
| α星アルファルド | 1.98等 | K3III | 177 | 唯一の二等星 |
| γ星 | 3.00等 | G8III | 132 | 二番目に明るい |
| ζ星 | 3.11等 | G9II-III | 167 | 黄色巨星 |
| ε星 | 3.38等 | G5III | 135 | 黄色巨星 |
| R星 | 3.5-10.9等 | M6-9e | 484 | ミラ型変光星 |
うみへび座は面積約1303平方度を誇る全天で最も大きな星座です。最も小さなみなみじゅうじ座の約68平方度と比較すると、実に19倍もの差があります。東西の長さは100度以上に及び、頭部が東の地平線から昇ってから尾が現れるまでに約6時間かかります。
参考)うみへび座 - 新興出版社啓林館・文研出版 万博プロジェクト
観測に最適な時期は春から初夏にかけてで、5月中旬なら午後8時から9時頃に全体像を見ることができます。頭部はかに座の南側に位置し、しし座のレグルスとこいぬ座のプロキオンの中間付近にあります。ふたご座のカストルとポルックスを結んだ線を東側に延長すると、うみへび座の頭部を通ってアルファルドに至ります。
参考)うみへび座とは?見つけ方や見どころ、神話まで
細長い胴体部分は、しし座とおとめ座の南側を通り、てんびん座の手前まで続きます。背中の上にはコップ座とからす座が乗っており、特にからす座の四角形は目立つため、これを目印にうみへび座を探すのが効果的です。都会の明るい空では観察が困難なため、南方向が開けた星空の綺麗な高原での観測が推奨されます。
頭部の小さな五角形の星の配置を最初に見つけることが、うみへび座全体を辿る鍵となります。3月から4月の午後9時頃が最も観測しやすい時期で、この時期には南の空に全身が横たわる雄大な姿を見ることができます。
参考)きらめく星 アルファルド
天体写真の世界でうみへび座の全体写真と詳しい観測ガイドを確認できます
うみへび座の領域には3つのメシエ天体が存在し、中でもM83銀河は特に著名です。M83はうみへび座の尾の近くにある棒渦巻銀河で、「南の回転花火銀河」という美しい別名で知られています。小口径の望遠鏡でも渦巻の姿が観察できる非常に興味深い天体です。
参考)https://www.astroarts.co.jp/alacarte/messier/html/m83-j.shtml
ハッブル宇宙望遠鏡による撮影では、至る所に赤い星形成領域が写っており、活発な星形成活動が確認されています。この活発な活動は多数の超新星爆発につながっており、1923年から1983年までに6つの超新星が発見されています。かつては全銀河中で最多の超新星発見数を誇りましたが、現在ではNGC 6946の9個に次ぐ記録となっています。
M83の見つけ方は、うみへび座γ星とケンタウルス座θ星の中間付近を探すのが基本です。近くに明るい星がないため探しにくいですが、赤道儀を使用する場合はおとめ座のスピカから導入する方法が簡単です。スピカからは11.8分東、18度42分南の位置にあります。
もう一つの注目すべき天体は「木星状星雲」の通称で知られる惑星状星雲です。この星雲はうみへび座の領域内にあり、小型望遠鏡でも観測可能な興味深い対象となっています。惑星状星雲は恒星の終末期に放出された外層が輝いて見える天体で、うみへび座の深宇宙観測における重要な観測対象の一つです。
うみへび座の歴史は非常に古く、古代バビロニアの星図にも蛇の形が描かれていました。紀元2世紀の天文学者プトレマイオスが定めた48星座の一つとして記録され、極めて大きな星座であるにもかかわらず、古代から分割されることなく「うみへび」として描かれ続けてきました。
日本語で「うみへび座」と呼ばれる理由には興味深い経緯があります。神話が伝えるヒュドラは実際にはアルゴス近郊のレルネーの湖に住む怪物でした。レルネー湖はかつて実在した塩湖で、英語では塩湖を「Lake」ではなく「Sea」と表現する習慣があります。このため英語でもこの星座を「Sea snake」と当てることがあり、日本ではこれを直訳して「うみへび座」となったと推測されています。
参考)http://www.hal-astro-lab.com/history/episode8.html
ギリシア神話では、女神ヘラがヘラクレスを憎んでいたため、ヒュドラを飼い育てて彼を苦しめたという背景があります。ヘラはヒュドラの死を悲しみ、戦いでヘラクレスの足を挟んで加勢した巨大な蟹カルキノスとともに天に上げて星座にしたと伝えられています。
参考)https://tupichan.net/Cosmos/Hya3.html
興味深いことに、神話とは別に「ヒドラ」という名前は淡水に棲むクラゲの一種にも付けられています。この生物は体を細かく切り刻んでも再び一つの生物として再生できる能力を持ち、体長は1cm程度の小さな生き物ですが、神話のヒュドラの再生能力になぞらえて命名されました。
うみへび座は春の星座として、かに座の下から始まり、しし座、おとめ座の下を通り、てんびん座の手前まで続く壮大な姿で、古代から現代まで多くの人々を魅了し続けています。その巨大さと神話の深さは、星座文化における重要な位置を占めており、天文学と神話学の両面から研究価値の高い星座となっています。