てんびん座は、正義の女神アストレアが持つ天秤を星座にしたものと伝えられています。ギリシャ神話では、アストレアは大神ゼウスと掟の女神テミスの娘で、「星のように輝く者」という意味の名を持つ女神でした。
参考)https://ryutao.main.jp/mythology_57.html
古代ギリシャの世界観では、人間の歴史は「金の時代」から始まったとされています。この時代、気候は一年中穏やかで、人々は働かなくても食べ物に恵まれ、泉からはぶどう酒やミルクが湧き出ていました。神々も天界から降りてきて人間と共に暮らし、争いもなく平和な日々が続いていました。
参考)https://seiza.imagestyle.biz/sinwa/tenbin.shtml
しかし世界は「銀の時代」へと移り変わり、ゼウスが世界を四季に分けたことで、人々は種まきや収穫のために働かなければならなくなりました。やがて力の強い者が弱い者から作物を奪うようになり、アストレアを除く神々は天界へと去っていきました。アストレアだけは地上に残って人々を説得し続けましたが、人間は天秤を使って裁こうとしても、もはや何が正しいのかわからなくなっていました。
参考)てんびん座
「鉄の時代」になると、人間は武器を作って激しく争うようになり、ついにアストレアも人間に愛想をつかして天界へ帰ってしまいました。その時アストレアが持っていた天秤が星となり、空から地上の人間を見守るようになったのがてんびん座だと言われています。この天秤は死者の魂を量り、悪に傾いた魂を冥界に送る役目を果たしていたとも伝えられています。
参考)てんびん座の神話・伝説
てんびん座は3つの3等星を中心に構成される星座で、都会からでも「く」の字を左右逆にしたような形に並んだ星々を見つけることができます。てんびん座で最も明るい星はα星のズベン・エル・ゲヌビで、3等級の青白い色をしています。
参考)星座八十八夜 #25 善悪をはかる「てんびん座」 - アスト…
ズベン・エル・ゲヌビはアラビア語で「南の爪」という意味の名前を持っており、β星のズベン・エス・カマリは「北の爪」という意味です。この「爪」という名称は、古代ギリシャ時代にてんびん座がさそり座の一部だったことに由来しています。視力の良い人なら肉眼でも2つの星を見分けることができる二重星で、2.8等級の星のそばに5等級の星が輝いています。双眼鏡を使えば容易に分離して観察できる興味深い天体です。
参考)てんびん座|星や月|大日本図書
てんびん座のβ星ズベン・エス・カマリは、ごくわずかに緑色を帯びているとされ、肉眼で見える唯一の緑色の星として知られています。σ(シグマ)星はブラキウムという名前で呼ばれ、てんびんの皿の部分に位置しています。てんびん座の骨格となる3つの3等星(β、α、σ星)は、おとめ座のスピカとさそり座のアンタレスのちょうど中間あたりで見つけることができます。
参考)てんびん座の天体と位置がわかる星図や写真|天体写真ナビ
一方、てんびん座には目立った星雲星団はあまりなく、メシエ天体も含まれていません。観測対象としては球状星団NGC5897や、いくつかの銀河(NGC5792、NGC5885など)が存在していますが、いずれも小型望遠鏡では観察が難しい天体です。
てんびん座は古代ギリシャ時代には独立した星座ではなく、さそり座のハサミ(爪)の部分として扱われていました。現在のてんびん座α星とβ星は、それぞれさそり座の南側と北側のハサミに対応していたのです。このことは、両星の名前が「南の爪」「北の爪」という意味のアラビア語で呼ばれていることからも明らかです。
参考)<星旅星めぐり>てんびん座 さそり座の「爪」から誕生
ローマ時代になってから、この部分がさそり座から切り離されて独立した星座となりました。誰がいつ切り離したのかは定かではありませんが、紀元前1世紀頃の古代ローマ人によるものと考えられています。現在のさそり座は爪の部分が短くなってバランスが悪く見えますが、てんびん座までサソリの爪を延ばすと星座の迫力が一層増すように感じられます。
参考)古典作品に見る星座神話㉝てんびん座|丹取惣吉
プトレマイオスの48星座にもてんびん座は含まれており、長い歴史を持つ星座の一つとなっています。しかしおとめ座やさそり座という有名星座に囲まれているため、目を向けられることの少ない星座でもあります。てんびん座は黄道十二星座の一つで、9月23日から10月23日生まれの人が天秤宮にあたるとされ、星占いの世界でも重要な位置を占めています。
てんびん座はおとめ座とさそり座の間に位置しており、春の終わりから夏にかけて見頃を迎えます。書籍によっては春の星座に分類されることもありますが、夏の星座として紹介される場合も多くあります。
星座を見つけるには、まずおとめ座のα星スピカとさそり座のα星アンタレスという明るい目印を探すことから始めます。スピカとアンタレスの中間付近を眺めると、3つの暗めの星が「く」の字を反対にしたような「>」の形に並んでいるのに気づくはずです。これがてんびん座を構成する主要な星々です。
参考)「てんびん座」の見つけ方や誰かに教えたくなる星の話 - 星座…
ただし、てんびん座は最も明るい星でも3等星なので、都会の明るい空からは見つけるのが少し難しい星座です。星空の綺麗な郊外で星図を片手に確認するのがおすすめです。南の空のアンタレスから隣のさそり座を見つけ、そこから角を伸ばすようにしてα星、β星を見つけ、周りの暗い星をつないでいくと良いでしょう。
双眼鏡があれば、α星ズベン・エル・ゲヌビが二重星であることを確認できます。肉眼では分離しづらい場合でも、双眼鏡を使えば二重星であることが容易にわかり、2.8等星と5.2等の大小の星が約3.9分の離隔で隣り合っているのが観察できます。
てんびん座には「時をはかる天秤」という別の意味合いもあります。これは星座と天文学の関係を示す興味深い事実です。
今から2700年から4300年前、てんびん座の位置に秋分点がありました。秋分の日には太陽がこの星座にかかり、昼と夜の長さをちょうど等しく分けていたのです。このことから「時をはかる天秤」として、てんびん座の名前が起こったとも言われています。現在の秋分点はおとめ座に移動していますが、かつて秋分点がてんびん座に位置していた歴史は、この星座が天文学的にも重要な役割を果たしていたことを示しています。
参考)てんびん座|星や月|大日本図書
天秤という道具自体が物の重さを平等に測る器具であることから、秋分の日に昼と夜を等しく分けるという天文現象と結びつけられたのは自然な流れだったと考えられます。女神アストレアの天秤が善悪を平等にはかる道具であったように、秋分点のてんびん座も時間を平等に分ける役割を象徴していたのです。
この二重の意味を持つてんびん座は、神話と天文学が交差する興味深い星座として、古代から人々の関心を集めてきました。現代でも黄道十二星座の一つとして、多くの人々に親しまれています。
てんびん座について深く知ることで、夜空を眺める楽しみが一層増すでしょう。
てんびん座の詳しい神話と星の解説 - 天体写真の世界
※てんびん座の神話や主要な星についての詳細情報と天体写真を掲載
てんびん座の見つけ方と観測ガイド - Honda星座図鑑
※てんびん座の位置関係や観測方法についての実用的な情報を提供