ヒエログリフは、古代エジプトで紀元前4000年頃から紀元前600年頃まで使用された最も古い文字体系です。「神聖文字」や「聖刻文字」とも呼ばれ、主に神殿の壁や王の墓、石碑などに刻まれました。
参考)【文字の誕生と進化②】神秘の古代文字ヒエログリフ - Tpl…
ヒエログリフの大きな特徴は、その複雑さと美しさにあります。鳥や人、道具などを象った絵文字が700〜750字程度存在し、ギリシア・ローマ時代には約6000字まで増加しましたが、常用されたのは1000字程度でした。石に刻むための文字として、装飾性と神秘性を兼ね備えていたため、「神の文字」と呼ぶにふさわしいものでした。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jtappij/60/12/60_12_1875/_pdf/-char/ja
この文字体系は、表語文字・表音文字・決定符の3種類の用法を組み合わせて使用されていました。表語文字は事物を表す絵文字や図形で、表音文字は音を示す記号、決定符は単語の意味を明確にする補助記号です。古代エジプトでは文字の学習が高い経歴を持つ者に限られており、文字は王朝の文化や学問の発展を示す重要な象徴でした。
ヒエログリフが複雑で時間がかかる作業だったため、より簡便な書体が生み出されました。ヒエラティック(神官文字)は紀元前3000年頃からヒエログリフとほぼ同時期に使われ始めた行書体です。元々は聖職者が使用したことからこの名がついており、ヒエログリフを簡略化して続け書きができるようにしたものでした。
参考)神聖文字/ヒエログリフ
パピルスに手書きする際に用いられ、行政文書や書簡などの実用的な場面で活躍しました。時代を経るごとにより簡素な字体へと変化し、役人のための文字として機能していました。
参考)【数学史2-2】古代エジプトの数字は絵文字!読み方や由来、表…
紀元前660年頃、さらに流れるように書ける草書体としてデモティック(民衆文字)が登場しました。この文字は日常生活で使われるようになり、「民衆文字」の名の通り一般的に広く普及していきました。デモティックは紀元後5世紀頃まで約1200年間使用され、ヒエログリフやヒエラティックが神官や支配者のみに使われるようになった後は、主要な文字体系となりました。
参考)【高校世界史B】「文字の使用」
長い間謎に包まれていた古代エジプト文字の解読は、1799年にナポレオンのエジプト遠征で発見されたロゼッタストーンが鍵となりました。この碑石には、同一内容がヒエログリフ、デモティック、ギリシア文字の3種類の文字で刻まれていました。
参考)ロゼッタ・ストーン - Wikipedia
1822年、フランス人学者ジャン=フランソワ・シャンポリオンは、ロゼッタストーンやフィレー島で発見された石碑を比較検討することで解読に成功しました。シャンポリオンは、カルトゥーシュ(王名を囲む楕円形の枠)に書かれた表音文字を特定し、ヒエログリフが単なる絵文字ではなく、音を表す文字も含むことを証明しました。
参考)シャンポリオン
解読の過程で、シャンポリオンは表音のヒエログリフの大部分を特定し、エジプト語の文法と語彙の多くを確立しました。彼は同音文字の存在も発見し、子音アルファベットを構成していることを明らかにしました。この発見により、何千年も失われていた古代エジプト文明の声が再び蘇ったのです。
参考)古代エジプト文字の解読 - Wikipedia
シャンポリオンの解読方法と古代エジプト語の文法構造について詳しく解説(世界史の窓)
古代エジプトの数字表記は、ヒエログリフの中でも特に興味深い要素です。ヒエログリフの数字は、最古の十進法の数字として知られており、現代のアラビア数字や漢数字と同じ十進法を採用していました。
参考)古代エジプト語のヒエログリフ入門:ロゼッタストーン読解|第1…
数字専用のヒエログリフ記号があり、1は縦棒、10は取手、100は縄、1000はハスの花など、それぞれの位に固有の記号が割り当てられていました。これらの記号を必要な数だけ繰り返して並べることで数を表現しました。例えば9999を表すには、ハスの花を9つ、縄を9つ、取手を9つ、棒を9本並べて書く必要があり、非常に手間のかかる作業でした。
参考)https://basic.mathematica.site/number-step3/
カルトゥーシュの中にも数字が使用されることがあり、ファラオが同じ名前を使用した回数を示すために、ラムセス1世、2世、3世などの数字が象形文字の形で書かれていました。カルトゥーシュは王族の名を囲む枠で、太陽が運行する黄道を表す縄を象徴しており、王の宇宙的な役割を示す重要なシンボルでした。
参考)カルトゥーシュ - Wikipedia
ヒエログリフのアルファベット表と数字表記の詳細(九州国立博物館PDF)
古代エジプト文化において、文字と天体観測は密接に結びついていました。エジプト神話では、文字はオシリス神の神聖時代にトト神から教わったとされ、非常に古くから文字が用いられていたことを示しています。
参考)エジプト旅行記⑩ 〜カルナック神殿・後半 ヒエログリフ〜|Y…
古代エジプト人は天体を神々と同一視しており、シリウスはイシス女神の化身、オリオン座はオシリス神と同一視され、死と再生を象徴する星座として信仰されました。特にシリウスはナイル川の氾濫時期を知らせる重要な星として崇められ、北斗七星は「永遠の星」「不滅の星」と呼ばれていました。
参考)古代エジプトの宇宙観:天体と神々が織りなす壮大な物語|S.S…
ハトホル神殿の円形天体図には、エジプト固有の星座と古代バビロニアの星座が一緒に描かれており、文化交流の証となっています。この天体図にも当然ヒエログリフが刻まれており、星座の名前や神々との関係が記されていました。古代エジプト人にとって、文字は単なる記録手段ではなく、神々や宇宙と対話するための神聖な道具だったのです。
参考)ハトホル神殿の天体図 —古代オリエントの星座を読み解く—
パピルスに記された天文観測記録や神殿の壁に刻まれた星座図は、文字と天体観測が一体となった古代エジプト文明の知的遺産です。神殿の柱や壁にはヒエログリフとともにハゲワシやパピルス、ロータスなどの装飾が施され、フレスコ画の技法で鮮やかに彩られていました。これらの装飾的要素と文字は、神聖な空間を創出し、永遠性を表現する役割を果たしていたのです。
参考)古代エジプト文明の建築や装飾の特徴とは?画像でまるごと解説|…
古代エジプトの天体図とオリオン座の関係性について(スルガ銀行)