くじら座は全天88星座の中で4番目に広い星座で、秋の夜空の南側に広がっています。ラテン語名はCetus(ケートス)で、日本語では「くじら座」と呼ばれていますが、実際のモチーフは海棲哺乳類のクジラではなく、ギリシャ神話に登場する海の怪物ケートスです。この星座は古代バビロニア時代から知られており、プトレマイオスの48星座にも含まれる歴史ある星座です。
参考)くじら座(ケートス座)とは?ギリシャ神話の怪物と秋の星空を美…
くじら座の観測に適した時期は秋から初冬にかけてで、特に10月から12月にかけて南の空で見頃を迎えます。星座面積は約1231平方度で、12月13日に南中します。隣接する星座には、おひつじ座、うお座、みずがめ座、ちょうこくしつ座、ろ座、エリダヌス座、おうし座があります。
参考)https://seiza.imagestyle.biz/aki/kujiramain.shtml
最も明るい星は尻尾の部分に位置する2等星のβ星デネブカイトスで、「くじらの尾」を意味します。頭部は5角形を形成する4等星の集まりで構成されており、おうし座のアルデバランの近くに位置しています。
参考)秋の星座「くじら座」の見つけ方
くじら座を見つけるには、秋の星座の目印となる「秋の四辺形(ペガスス座の四辺形)」を利用するのが最も確実な方法です。四辺形の東側の辺を南に延長すると、くじら座の尻尾にあたる2等星デネブカイトスに到達します。また、秋で唯一の1等星であるみなみのうお座のフォーマルハウトから少し東に目を向けてもデネブカイトスを見つけることができます。
参考)【星空入門者必見!】季節の星座紹介~くじら座~
頭部の探し方として、おうし座の1等星アルデバランから南へ目を向けると、いびつな5角形を形成する4等星の集まりが見えてきます。4等星は暗いため注意深く観察する必要がありますが、「5角ある」と意識して探すと見つけやすくなります。頭部と尻尾が見つかったら、頭部のすぐ下に3等星の変光星ミラ(ο星)を確認しましょう。
観測に最適な時期は10月上旬の21時頃、8月中旬の0時頃、7月上旬の3時頃で、この時間帯に東の空から昇ってきます。くじら座は大きな星座ですが暗い星が多く複雑な形をしているため、全体像を捉えるには時間がかかります。
参考)くじら座
| 観測ポイント | 詳細 | 参照 |
|---|---|---|
| 最適観測期 | 10月~12月 | |
| 南中時刻 | 12月13日 | |
| 主要な目印 | ペガスス座の四辺形、フォーマルハウト | |
| 尻尾の星 | β星デネブカイトス(2等星) | |
| 頭部の形状 | 5角形の4等星の集まり | |
ケートスは、ギリシャ神話において海の神ポセイドンに仕える海の怪物として登場します。物語の発端は、古代エチオピアの王妃カシオペアが娘アンドロメダの美貌を「海の神の娘(ネレイデス)よりも美しい」と自慢したことでした。この傲慢な発言が海神ポセイドンの怒りを買い、神はケートスをエチオピアに送り込んで国を脅かしました。
参考)星座八十八夜 #35 石にされた海の怪物「くじら座」 - ア…
神託によると、災厄を鎮めるにはアンドロメダ姫を生贄として差し出すしかありませんでした。王女は海岸の岩に鎖で縛られ、ケートスの餌食になる運命に置かれます。そこへ偶然通りかかったのが、メドゥーサ退治を終えたばかりの英雄ペルセウスでした。
参考)https://ryutao.main.jp/mythology_30.html
ペルセウスは翼のある馬ペガサスに乗り、メドゥーサの首を使ってケートスを石に変えて退治しました。救出されたアンドロメダはペルセウスの妻となり、後に神々はこの物語に登場した人物や怪物を星座として夜空に配置しました。くじら座のほか、アンドロメダ座、カシオペア座、ペルセウス座、ケフェウス座など、秋の夜空にはエチオピア王家の物語に関連する星座が集中しています。
参考)Cetus(くじら座)について知ろう!【神秘的な海の怪物が輝…
くじら座で最も有名な天体が、変光星ミラ(ο星)です。ミラという名前は「不思議なもの」を意味し、その名の通り明るさが劇的に変化する星として知られています。1596年にドイツの神学者ファブリチウスによって発見されたミラは、史上初めて発見された変光星として天文学史に名を残しています。
参考)宵空で急増光中、くじら座の変光星ミラ - アストロアーツ
ミラの変光周期はおよそ332日ですが、この周期は一定ではなく、短い時には304日、長い時には355日になることもあります。光度変化の範囲も通常は2等星から9等台半ばまでですが、1779年にはおうし座の1等星アルデバラン(0.9等)に匹敵するほど明るくなったという記録が残っており、反対に極小光度が10等以下になったこともあります。
参考)ミラが極大(2020年10月)
この大きな明るさの変化は、ミラが恒星の一生の終わりに近い段階にあり、膨張と収縮を繰り返す不安定な状態にあるためです。2025年2月の観測では、ミラは急速に明るさを増しており、2月2日の4.8等から2月9日には3.9等へと、わずか1週間で0.9等も明るくなったと報告されています。極大期には肉眼でも観測できますが、極小期には天体望遠鏡でないと見えなくなってしまいます。
国立天文台 - ミラ型変光星の詳細な解説
※ミラの光度変化のメカニズムと観測データについて詳しく知ることができます
くじら座には、メシエ天体の中でも最大級の渦巻銀河M77(NGC 1068)が存在します。M77は地球から約4690万光年~5000万光年離れた位置にあり、実際の直径は約17万光年にも達します。これは私たちの銀河系の直径約10万光年の倍近い大きさです。
参考)M77とNGC1055(系外銀河、くじら座)
M77の最大の特徴は、セイファート銀河に分類される活動銀河核を持つことです。銀河の中心核は非常に明るく輝いており、X線や電波、赤外線など強い電磁波を放射しています。この活動性の高さから、中心には巨大なブラックホールが存在し、宇宙ジェットを噴出していると考えられています。
参考)https://www.astroarts.co.jp/alacarte/messier/html/m77-j.shtml
M77の見つけ方は、くじら座δ星の約1度東南に位置しており、くじら座α星、γ星、δ星で作る三角形から探すのが確実です。α星(2.5等)からは19.7m西、4度6分南で、δ星(4.1等)からは3.1m東、21分南の位置にあります。7×50の双眼鏡で注意深く探すと恒星状に見えますが、10cm以上の望遠鏡で倍率を上げると周囲の淡い渦巻部分が観察できます。
参考)M77:なよろ市立天文台 きたすばる
M77の周辺には他にも興味深い銀河があり、35分北北西にはNGC 1055という11等級の渦巻銀河が、1度東にはNGC 1087とNGC 1090という12等級の渦巻銀河が存在します。くじら座は銀河系の南極に近い位置にあるため、銀河系外の銀河が観測しやすい領域として天文学者に注目されています。
アストロアーツ - M77銀河の詳細な観測ガイド
※M77の活動銀河核の特徴と観測方法について専門的な解説があります
「くじら座」という日本語名から、多くの人は海棲哺乳類のクジラを想像しますが、実際のモチーフは全く異なります。星座の原型となったギリシャ語の「ケートス(Κῆτος)」は「海の怪物」を意味する一般名詞で、ドラゴンのような恐ろしい姿をした伝説上の生物を指していました。
参考)くじら座 - Wikipedia
古代の人々は、大海原の航海において常に未知の恐怖と対峙していました。地中海を渡る航海者たちにとって、ケートスのような海の怪物は「出会うかもしれない未知の恐怖」の象徴であり、自然の脅威を擬人化した存在でした。星座図では2本の前足を持つ怪物クジラの姿で描かれており、本物のクジラとは似ても似つかない姿をしています。
興味深いことに、現代の生物学用語にもケートスの影響が残っています。「鯨類(Cetacean)」や「鯨下目(Cetacea)」といった学術用語は、このギリシャ語のケートスに由来しています。つまり、現代科学においてクジラを指す言葉の起源は、実は古代ギリシャの海の怪物だったのです。
参考)ケートスとは何? わかりやすく解説 Weblio辞書
くじら座が「クジラ」と訳されるようになったのは、ケートスという言葉が時代を経て海棲哺乳類のクジラと結びつけられた結果です。しかし本来の星座のストーリーを理解するには、ポセイドンの使いである恐ろしい海の怪物として認識することが重要です。秋の夜空でくじら座を眺める時、そこに描かれているのは穏やかな海洋哺乳類ではなく、神話時代の人々が恐れた強大な怪物の姿なのです。
参考)ケートスとは?ギリシャ神話の海の怪物を徹底解説|姿・神話・星…