みずへび座は神話を持たない近代の星座で、16世紀末にオランダの航海士ペトルス・プランキウス・ケイザー(Pieter Dirkszoon Keyser)とフレデリック・デ・ハウトマン(Frederick de Houtman)によって作られました。彼らは1595年から1597年にかけて南半球を航海し、それまで北半球からは観測できなかった南天の星々を記録しました。この観測データは「ケイザーとハウトマンの12星座」として知られ、みずへび座もその一つです。
参考)みずへび座ってどんな星座?【神話も紹介】
1603年にドイツの天文学者ヨハン・バイエル(Johann Bayer)が『ウラノメトリア』という星図書を出版した際、この星座が正式に記載されました。バイエルはギリシャ神話に登場する怪物ヒドラをモデルにした「うみへび座」が北半球にすでに存在していたため、南半球にも対となる星座を設けたとされています。
参考)星座八十八夜 #66 南半球の空のヘビ「みずへび座」 - ア…
興味深いことに、18世紀のフランスの天文学者ニコラ・ルイ・ド・ラカイユ(Nicolas Louis de Lacaille)は、みずへび座を「雄の水蛇(Hydri)」、うみへび座を「雌の水蛇(Hydra)」と名付け、2つが異なる性別であることを強調しました。しかし実際には、ケイザーは実在する水蛇をモデルにしたと言われており、神話の怪物とは直接の関係はありません。
参考:星座八十八夜 #66 南半球の空のヘビ「みずへび座」 - アストロアーツ(みずへび座の詳しい説明と見つけ方)
みずへび座は3つの3等星を主体に構成されており、天の南極付近にある星座の中では比較的明るい星を持つことで知られています。これらの星はL字形や三角形に並んでおり、南半球では11月頃の宵の空で目立ちます。
参考)みずへび座|やさしい88星座図鑑
星座全体としては約30個の星で構成されており、3等星3個のほかに4等星2個、5等星5個、6等星19個が含まれています。これらの星々が水蛇の体をくねらせるように配置されているとされていますが、実際の星の並びから蛇の姿を想像するのは難しく、三角形として認識するのが一般的です。
参考)https://ryutao.main.jp/constellation_hyi.html
みずへび座を探す際の最大の手がかりは、大マゼラン雲と小マゼラン雲の間に位置しているという地理的特徴です。この2つのマゼラン雲は南半球の夜空で非常に目立つ天体なので、その間を探せばみずへび座の三角形を見つけやすくなります。
参考)南半球の星座「みずへび座」を紹介します。
具体的な探し方の手順は以下の通りです。
🔍 エリダヌス座の1等星アケルナルを目印にする:アケルナルは南天で最も明るい星の一つで、視等級0.5の1等星です。このアケルナルのすぐ南西にみずへび座のα星があります。アケルナルは非常に目立つため、まずこの星を見つけることが第一歩となります。
参考)https://seiza.imagestyle.biz/minami/mizuhebi.shtml
🔍 小マゼラン雲の下側を探す:小マゼラン雲の少し下にβ星が位置しています。実際には小マゼラン雲は隣のきょしちょう座に属していますが、α星とβ星を結ぶ線が小マゼラン雲をかすめるような位置関係にあります。
🔍 三角形の配置を確認する:α星、β星、γ星の3つの3等星が作る三角形を確認できれば、みずへび座を特定できたことになります。この三角形は南半球の春(11月頃)の宵の空で最もよく見えます。
観測に適した時期は南半球の春から初夏にかけてで、日本からは基本的に観測できません。天の南極付近に位置するため、南緯の高い地域、例えばオーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、南米南部などでの観測が適しています。
みずへび座の星々は比較的明るい3等星で構成されているため、天の南極付近の星座としては見つけやすい部類に入ります。都市部の光害がある場所でも、マゼラン雲とアケルナルを目印にすれば、三角形の配置を確認することは十分可能です。
参考:星座図鑑・みずへび座 - Image Style(みずへび座の位置や探し方の詳細図)
みずへび座の歴史は16世紀末の大航海時代に始まりますが、その後も星座の形は何度か変化してきました。最初にこの星座を設定したケイザーとハウトマンの観測データは、プランキウスによって1598年に天球儀に描かれ、その後1603年のバイエルの『ウラノメトリア』で正式に星図に記載されました。
参考)星座の設定者たち
『ウラノメトリア』の星図では、みずへび座はくじゃく座ときょしちょう座の間を縫うように天の南極を過ぎ、ふうちょう座の手前まで水蛇の姿が長く描かれていました。しかし1756年にラカイユが発刊した星図では大きな変更が加えられました。ラカイユは自らが新たに考案した「はちぶんぎ座」に場所を開けるために、みずへび座の尻尾の部分を切り取り、大マゼラン雲と小マゼラン雲を結ぶように星座の形を描き直しました。
この改変により、みずへび座は当初よりも小さくなり、現在の形に近づきました。ラカイユの改訂は他にも影響を与えており、例えばバイエルが設定した「みつばち座」を「はえ座」に改名するなど、南天の星座配置に大きな役割を果たしました。
星座の名称についても興味深い変遷があります。ラカイユは前述の通り、みずへび座を雄の水蛇、うみへび座を雌の水蛇として区別しました。日本では「小海蛇座」という名称で呼ばれていた時期もあり、北半球の大きな「うみへび座」に対して、南半球の小さな「みずへび座」という対比が意識されていました。
参考)みずへび座(みずへびざ)とは? 意味や使い方 - コトバンク
現代では88星座の一つとして国際天文学連合(IAU)に正式に認定されており、ラテン名は「Hydrus」、略号は「Hyi」です。星座の範囲は約33個の星を含む領域と定められており、天の南極付近の重要な星座の一つとして天文学的な観測や研究の対象となっています。
みずへび座は南天の星座群の中で独特な位置を占めており、周囲の星座との関係性も興味深いものがあります。まず最も目立つのは、大マゼラン雲と小マゼラン雲との位置関係です。小マゼラン雲は実際にはきょしちょう座に属していますが、みずへび座のα星とβ星を結ぶ線がこの銀河をかすめるように配置されており、視覚的には非常に近い関係にあります。
周辺の星座としては、きょしちょう座、くじゃく座、ふうちょう座、はちぶんぎ座などがあります。これらの星座の多くは、みずへび座と同じく16世紀から18世紀にかけて設定された比較的新しい星座です。特にはちぶんぎ座は、前述の通りラカイユがみずへび座の領域を一部切り取って作った星座であり、歴史的な関連性があります。
参考)特集 南半球の星空-みずへび座|星や月|大日本図書
エリダヌス座との関係も重要です。エリダヌス座の1等星アケルナルはみずへび座のすぐ近くに輝いており、みずへび座を探す際の重要な目印となっています。アケルナルは南天で4番目に明るい星であり、その明るさがみずへび座の3等星と対照的です。
興味深いのは、北半球の「うみへび座」との対比です。うみへび座は全天で最も大きい星座であり、ギリシャ神話のヒドラという怪物が由来です。一方、みずへび座は比較的小さく、実在の水蛇がモデルとされています。バイエルはこの2つの星座を対として設定しましたが、その性格は大きく異なっています。
また「へび座」や「へびつかい座」といった他の蛇に関連する星座とは直接の関係はありません。これらは北半球の星座であり、それぞれ独自の神話や由来を持っています。みずへび座は単に「水に住む小さな蛇」として南天に設定された星座であり、他の蛇座とは独立した存在です。
参考)Hydrus(みずへび座)について知ろう!【南天に泳ぐ小さな…
みずへび座の領域には、アマチュア天文家にとっても興味深い天体がいくつか存在します。最も注目すべきは、この星座の近くに位置する大小マゼラン雲です。これらは銀河系の伴銀河であり、南半球でしか観測できない貴重な天体です。みずへび座の星々を目印として、これらの銀河を観測することができます。
また、みずへび座の方向では重力レンズ効果による「アインシュタインリング」が観測されたこともあります。これは2つの銀河が一直線上に並んだ時に発生する現象で、手前の銀河の重力によって奥の銀河の光が曲げられ、リング状に見える現象です。このような観測は、宇宙の構造や重力の性質を研究する上で重要なデータを提供します。
参考)2つの銀河が魅せる“みずへび座”のアインシュタインリング
みずへび座を構成する恒星自体も、現代天文学の研究対象となっています。例えばα星は、F型準巨星という進化段階にある星で、主系列星から巨星へと進化する過程を研究する上で重要なサンプルです。約8億年という年齢や、表面温度約7,000K、自転速度118km/sといった物理的特性は、恒星進化モデルの検証に役立っています。
さらに、みずへび座イータ2星のような特殊な星も存在します。この星は主系列段階ではA型星でしたが、現在は進化して巨星となりスペクトル型がG型に変化しています。このような恒星の観測は、星の一生における変化を理解する上で貴重なデータとなります。
参考)https://www.weblio.jp/content/Eta2+Hydri
南天の星座は北半球からは観測できないため、南半球の天文台が重要な役割を果たしています。オーストラリア、チリ、南アフリカなどに設置された望遠鏡によって、みずへび座の領域は継続的に観測されており、新しい発見が期待されています。また、星座の誕生日星としても知られ、11月下旬から12月上旬生まれの人々にとっては特別な意味を持つ星座となっています。
現代の天体写真技術の進歩により、アマチュア天文家でもみずへび座の美しい写真を撮影することが可能になっています。デジタルカメラと追尾装置を使用すれば、3等星で構成される三角形とその周囲のマゼラン雲を一枚の写真に収めることができ、南天の壮大な星空を記録できます。
参考:みずへび座 | 南天の星座写真 - 天体写真の世界(みずへび座の実際の天体写真と撮影データ)

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