天の南極は、南半球の星空において星座が回転する中心となる重要な天球上の位置です。北半球における北極星(ポラリス)のような明るい目印となる星が存在しないため、南半球での観測には特別な知識と技術が必要とされています。
参考)星座八十八夜 #63 もっとも南にある星座「はちぶんぎ座」 …
天の南極の正確な位置は、はちぶんぎ座という星座の領域内にあります。はちぶんぎ座は、天体観測に使用される航海用の測定具「八分儀」にちなんで名付けられた南天の星座で、日本からは観測することができません。この星座の中で天の南極に最も近い星は、はちぶんぎ座σ(シグマ)星で、天の南極から約1度ほど離れた位置にあります。
参考)天の極 - Wikipedia
しかし、このσ星の明るさは5.47等級と非常に暗く、肉眼でかろうじて見える程度です。北半球の北極星が2等星の明るさで容易に見つけられるのと比較すると、天の南極を特定することは格段に困難であることがわかります。そのため、南半球での星空観測や航海、天体撮影の極軸合わせでは、周辺の明るい星座を利用した間接的な見つけ方が発展してきました。
参考)http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/~ishizaka/southpole.html
みなみじゅうじ座(南十字星)は、天の南極を見つけるための最も重要な目印となる星座です。この星座は4つの明るい星で構成され、その形が十字架に似ていることから、大航海時代には航海士たちが南の方向を知るための神聖な目印として利用してきました。
参考)https://contest.japias.jp/tqj13/130460/main/sn1.html
天の南極を見つける最も一般的な方法は、みなみじゅうじ座の長い方の軸(縦の星)を南方向に延長することです。具体的には、みなみじゅうじ座α星(アクルックス)とγ星(ガクルックス)を結ぶ線を、十字の長軸に沿って約4~4.5倍延ばした位置に天の南極があります。この方法は、海上など目印のない場所で方角を調べる際に特に重要な技術とされています。
参考)https://ryutao.main.jp/tips_howto25.html
ただし、みなみじゅうじ座を見つける際には「にせ十字」に注意が必要です。本物のみなみじゅうじ座の近くには、ケンタウルス座のα星とβ星という2つの明るい1等星が輝いており、これらが本物の南十字を見分けるための追加の目印となります。ケンタウルス座のこの2つの星を結んだ線の垂直二等分線と、南十字の延長線との交点も、天の南極を特定する別の方法として知られています。
参考)春の星座の「ケンタウルス座」見つけ方を紹介します。
みなみじゅうじ座は南半球の中〜高緯度では周極星座となり、一年中観測することができます。特に南半球の秋(3月下旬〜6月下旬)には、夕方に最も見やすい高度まで上がるため、天の南極を探すのに適した時期となります。
参考)https://starwalk.space/ja/news/constellations-southern-hemisphere
はちぶんぎ座は天の南極を含む星座として天文学的に重要な位置を占めていますが、その観測は非常に困難です。この星座を構成する星々は4等級以下の暗い星ばかりで、光害がある場所や薄明時には肉眼では全く見えません。
参考)はちぶんぎ座|やさしい88星座図鑑
はちぶんぎ座の特徴的な形状は「台形」で、この台形を見つけることが天の南極の正確な位置を知る鍵となります。しかし、日本から南半球に初めて星空撮影に行く方が、この暗い星座を探すのは非常に難しいとされています。夜空には多くの星が見えるため、どれがはちぶんぎ座の台形を構成する星なのか判別することが困難だからです。
参考)【徹底ガイド】南半球の極軸合わせ・西オーストラリア遠征記【第…
はちぶんぎ座を見つけるための実用的な方法として、まずみなみじゅうじ座を利用して天の南極のおおよその方向を確認することが推奨されています。その後、小マゼラン雲から辿る方法も有効です。天の南極付近には、6.8等星と7.8等星の2個の星からなる「天の南極三角形」という目印があり、はちぶんぎ座σ星の近くから比較的わかりやすいホッピング(星から星へと視線を移動させる方法)でたどり着くことができます。
南半球では、はちぶんぎ座は周極星座として一年中どの季節でも見ることができます。ただし、観測には暗い空と、できれば双眼鏡や望遠鏡などの光学機器があると理想的です。天体撮影における極軸合わせでは、はちぶんぎ座の台形のパターンを極軸望遠鏡の視野内で正確に配置する必要がありますが、全ての星を同じレベルの正確さで追い込む必要はないとされています。
参考)日本からは見えない南の星座 - 星座 - 星空 - Yaho…
周極星座とは、観測地点から見て一晩中地平線下に沈むことなく、天の極の周りを回り続ける星座のことです。天の極からの角度が観測地点の緯度より小さければ、その星座は周極星座となります。
参考)https://starwalk.space/ja/news/circumpolar-constellations
南半球では、天の南極を中心に様々な星座が周極星座として観測されます。特に南回帰線(南緯23.5度)より南では、みなみじゅうじ座、はえ座、みずへび座などの南天の星座が周極星座となります。また、南半球の中〜高緯度地域では、みなみじゅうじ座、ケンタウルス座、りゅうこつ座などは一晩中沈まない周極星座として知られています。
参考)周極星 - Wikipedia
周極星座の特徴は、季節を問わず一年中観測できることです。地球の北極や南極では、それぞれの天の極が真上にあるため、北半球または南半球の空全体が常に地平線の上にあり、星々は昇ったり沈んだりすることなく、空を円を描くように回転して見えます。
特にきょしちょう座は、南半球の中〜高緯度では周極星座として一年中見えますが、11月ごろに南中して最も高く昇ります。一方、南天の星座の多くは日本からは見ることができませんが、沖縄などの限られた地域でその一部を見ることができる星座もあります。カメレオン座やとびうお座、はえ座などユニークな星座が南天には数多く存在し、天の南極近くでの観測の魅力となっています。
参考)南天の星座|やさしい88星座図鑑
大マゼラン雲と小マゼラン雲は、天の南極からそう遠くない位置に見える銀河系の伴銀河です。地球からは現在、赤経約1時〜5時、赤緯約−70度付近に観測され、天の南極付近の南天の重要な天体として知られています。
参考)マゼラン雲 - Wikipedia
マゼラン雲は、北半球のカシオペア座や北斗七星と似たような位置関係にあります。小マゼラン雲が赤緯-72度、カシオペア座や北斗七星が赤緯60度近くに位置しており、それぞれの半球の極に近い場所で観測される代表的な天体といえます。大マゼラン雲と小マゼラン雲は互いに7万5000光年離れており、見かけ上では天球上で21度離れています。
参考)青白き、小マゼラン雲
マゼラン雲は、大航海時代の探検家フェルディナンド・マゼランの航海に関連して名付けられました。南半球で緯度が低くなると北極星が見えなくなるため、マゼランらは夜空の星々の中に白っぽいこの星雲を見つけることで南の方角を確認していたとされています。ただし、当時は「マゼラン雲」とは呼ばれておらず、この名称が定着したのはかなり後のことです。
南半球の星空観測において、マゼラン雲は天の南極を探す際の補助的な目印としても利用できます。天の南極のおおよその方向は、みなみじゅうじ座とケンタウルス座のポインター星の組、それと大小マゼラン雲の組のほぼ中間点にあることが知られています。また、天体撮影の極軸合わせでは、小マゼラン雲からはちぶんぎ座の台形を辿る方法も実用的な技術として紹介されています。
参考)http://urashima.image.coocan.jp/ura/coona/coona_pl_01.htm
天の南極を観測するには、南半球に位置する国々を訪れる必要があります。はちぶんぎ座やみなみじゅうじ座などの南天の星座は、北半球の日本からは観測することができません。
参考)はちぶんぎ座とは?見つけ方や見どころ
南半球での観測に適した主要な地域として、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、南米諸国(チリ、アルゼンチンなど)が挙げられます。これらの地域では、緯度によって天の南極の高度が異なり、南に行くほど天の南極が高く見えるようになります。特に南回帰線(南緯23.5度)より南では、多くの南天の星座が周極星座となり、一年中観測が可能になります。
南極大陸は、天の南極が真上に位置する究極の観測地点です。南極では、天の南極が天頂付近にあるため、南半球の星座全体が地平線の上を回転して見えます。また、南極内陸部の高地、特に「ドーム」と呼ばれるなだらかな地形のピークは、標高が高く気流が安定しているため、世界最高水準の天文観測条件を持つことが知られています。
参考)ペンギンに会いに行きたい①—南極を地図でみてみよう—
南極での天文観測の歴史は1970年代末の太陽5分振動の発見から始まりました。南極では夏期には太陽が沈まないため、超長時間の連続観測が可能であり、非常に弱い天体現象を高精度で検出できる利点があります。現在では、フランス、イタリアを中心にドームCなどで本格的な天体観測が行われており、中緯度帯の最良の観測地をはるかに凌ぐ観測環境として評価されています。
参考)南極からの天文学 2012年版(平成24年版)
マゼラン雲の観測においても、南半球の観測所が重要な役割を果たしています。ヨーロッパ南天天文台の天文台群の一つ、南米に設置されているパラナル天文台には標高2600mの山の上に7つの望遠鏡が設置され、南天の天体観測がさかんに行われています。天の南極付近の星座やマゼラン雲、みなみじゅうじ座などは、こうした南半球の観測施設から最も効果的に研究することができます。
参考)南極で星を撮る - 観測隊ブログ