はえ座は16世紀末に考案された比較的新しい星座のため、古代ギリシャ神話などの伝承は存在しません。この星座の起源は、オランダの航海士ペーテル・ケイセルとフレデリック・デ・ハウトマンが1595年から1597年にかけて実施した東インド航海での観測記録に遡ります。
参考)はえ座 - Wikipedia
オランダの天文学者ペトルス・プランシウスが1598年に製作した天球儀に、この領域を昆虫の姿として描いたことが始まりです。しかし当初、プランシウスは星座名を記さなかったため、後に混乱が生じることとなりました。1612年にプランシウスが南天の昆虫に「Muia」(ギリシャ語でハエ)と命名する一方で、別の領域には「Apes」(ミツバチ)という名前を付けています。
17世紀初頭、ドイツの天文学者ヨハン・バイエルは1624年の天文書でこの南天の昆虫を「Musca」と記載しました。当初「みつばち座」や「Apis」として知られていたこの星座は、18世紀にフランスの天文学者ニコラ・ルイ・ド・ラカイユが自身の星図で正式に「はえ座」として紹介したことで、現在の名称が定着したと考えられています。
参考)はえ座とは?見つけ方や見どころ
興味深いことに、隣接するカメレオン座との位置関係から、「カメレオンがハエを狙っている様子」に見えるため、ミツバチよりもハエという名称の方がふさわしいという意見も多く見られます。
参考)https://ryutao.main.jp/constellation_mus.html
はえ座は2個の3等星と2個の4等星から構成される小さな星座ですが、台形状の星の並びが目印となり比較的見つけやすい特徴があります。
参考)はえ座ってどんな星座?【神話も紹介】
**α星(アルファ星)**は見かけの等級2.649等で、はえ座の中で最も明るく輝く恒星です。この星はケフェウス座β型の脈動変光星に分類され、表面温度は約21,400ケルビンに達する高温のB型星で、青白い色調を呈しています。光度は太陽の約4,000倍にも達する大質量の恒星です。
参考)はえ座「Musca(ムスカ)」の探し方や神話と誕生日星や星言…
**β星(ベータ星)**は見かけの等級3.06等の3等星で、B型主系列星2つから成る連星系です。この星もはえ座の主要な構成星として、台形の形状を作り上げる重要な役割を担っています。
参考)南半球の星座「はえ座」を紹介します。
**γ星(ガンマ星)**とδ星(デルタ星)は4等星で、α星とβ星とともに少し歪んだ台形を形成しています。これら4つの星の配置は、小さな砂時計のようにも見え、羽を広げて飛ぶハエの姿にも見えなくもありません。
はえ座は星座としての面積は138.36平方度で88星座中77位と小さいものの、肉眼で見える5.5等級以下の星は約19個存在します。
はえ座θ(シータ)星は、見かけの等級5.53等の6等星ですが、天文学的に極めて興味深い特性を持つ恒星です。この星の主星はウォルフ・ライエ星として知られており、肉眼で観測可能なウォルフ・ライエ星としてはほ座γ²星(1.83等)に次いで2番目に明るく見える天体です。
参考)ウォルフ・ライエ星 - Wikipedia
ウォルフ・ライエ星は、1867年にフランスのシャルル・ウォルフとジョルジュ・ライエによって発見された特殊なスペクトルを示す青色巨星で、表面温度は30,000ケルビンから100,000ケルビン、光度は太陽の3万倍から100万倍にも達する超高温・高光度の恒星です。電離されたヘリウムや高階電離された炭素、酸素、窒素の幅広い輝線を示すスペクトルが特徴です。
参考)ウォルフ-ライエ星
はえ座θ星のA星は三重連星系で、ウォルフ・ライエ星とO型主系列星の連星の周囲をO型超巨星が周回していると考えられています。口径6.5cm前後の望遠鏡があれば、この星を二重星として分離して観察することも可能です。
ウォルフ・ライエ星の詳細な特性と分類について - 天文学辞典
このリンクでは、ウォルフ・ライエ星の物理的特性やWN型・WC型・WO型といった分類の違いについて、専門的な解説が掲載されています。
はえ座には観測価値の高い2つの球状星団が存在し、どちらもコールドウェルカタログに選ばれています。
参考)https://x.com/hoshikizoku/status/1920814808871403730
**NGC4372(Caldwell 108)**は、γ星のすぐ南に位置する見かけの等級7.8等の球状星団です。この天体は直径約12分角の大きさを持ち、口径10cmの望遠鏡を使用すれば周辺の星々を観察できるようになります。分類はXII型とされています。
参考)NGC 4372 - Wikipedia
**NGC4833(Caldwell 105)**は、フランスの天文学者ニコラ・ルイ・ド・ラカイユが1751年から1752年に南アフリカを訪れた際に発見した球状星団で、1755年に星表に収録されました。この天体も7.8等級の明るさを持ち、はえ座を代表する深宇宙天体の一つです。
参考)はえ座(はえざ)とは? 意味や使い方 - コトバンク
これら2つの球状星団は、小さな星座であるはえ座の主要な観測対象となっており、南半球での天体観測において貴重な目標天体となっています。球状星団は数十万から数百万個の古い恒星が球状に密集した天体で、銀河系の形成初期の情報を含む重要な研究対象です。
はえ座は天の南極に近い位置にあるため、日本国内では南大東島以北の地域からは星座の一部さえも見ることができない南天の星座です。観測には南半球への渡航が必要となります。
参考)はえ座|やさしい88星座図鑑
はえ座を見つけるには、まず有名なみなみじゅうじ座(南十字星/サザンクロス)を探すことが重要です。みなみじゅうじ座は2つの1等星を含む目立つ星座で、はえ座はこの南十字のやや南側に位置しています。みなみじゅうじ座の十字の長い方の線を下(南)に向かって伸ばしていくと、歪んだ台形のような小さな星の並びが見つかり、それがはえ座です。
観測に適した時期は5月下旬で、この時期に南中します。概略位置は赤経12時30分、赤緯-70度です。はえ座は小さな星座ながら3等星が2個、4等星が4個あるため、南天の星座の中ではかなり目立つ存在です。
はえ座のすぐ近くには、前述のカメレオン座が位置しており、両者の位置関係は「カメレオンがハエを捉えようと狙っている様子」に見えるという興味深い配置となっています。カメレオン座は同じような明るさの星が周囲に多く存在するため星座の形が掴みにくいですが、少し歪んだ長細い菱形を探すとよいでしょう。
南半球で天体観測を行う際は、これらの特徴的な星の配置を手がかりに、ぜひはえ座を探してみてください。