恒星の命名の歴史と由来 国際天文学連合の規則とバイエル符号

恒星の命名には、古代からの歴史や国際的なルールが存在します。アラビア語由来の名前、ギリシャ文字を使ったバイエル符号など、その方法は様々です。星に名前をつける権利は誰にあるのか、その知られざる舞台裏を覗いてみませんか?

恒星の命名の多様な世界とその仕組み

この記事でわかること
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恒星命名の長い歴史

古代から現代に至る星の名前の変遷をたどります。

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様々な命名ルール

バイエル符号やIAUの公式命名など、複雑なルールをわかりやすく解説します。

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命名にまつわる豆知識

日本独自の和名や、星を買うサービスの真実など、意外な事実を紹介します。

恒星の命名の歴史:古代の知恵とアラビア天文学の遺産

 

夜空に輝く星々に名前をつけた最初の記録は、今から約5000年前の古代メソポタミア文明にまで遡ります 。彼らは羊飼いが夜空を眺める中で、星の並びに動物や英雄の姿を思い描き、神話と結びつけて星座を作り上げていきました 。これらの知識は古代ギリシャに受け継がれ、ギリシャ神話の登場人物や動物の名前が星座や恒星に付けられました 。例えば、オリオン座や、七夕の物語で知られる「アルタイル(彦星)」や「ベガ(織姫)」といった名前も、この時代の流れを汲んでいます 。
中世ヨーロッパでは天文学が一時停滞しましたが、その間、アラビア世界の天文学者たちがギリシャの知識を継承・発展させました 。彼らはギリシャの天文学書「アルマゲスト」をアラビア語に翻訳し、独自の観測結果を加えて多くの恒星にアラビア語の名前を付けたのです 。現代で使われている恒星の固有名の多くがアラビア語に由来するのはこのためです 。例えば、オリオン座の「ベテルギウス」や「リゲル」、おうし座の「アルデバラン」などは、元々アラビア語で付けられた名前が起源となっています 。
このように、恒星の名前は一つの文化だけでなく、メソポタミア、ギリシャ、アラビアといった複数の文明を経て、長い年月をかけて受け継がれてきた人類の知恵の結晶と言えるでしょう ✨。

恒星の命名規則:バイエル符号とフラムスティード番号の比較

望遠鏡が発明され、観測できる星の数が爆発的に増えると、すべての星に固有名を付けるのが困難になりました。そこで、星を体系的に分類・識別するための「符号」が考案されました。その代表的なものが「バイエル符号」と「フラムスティード番号」です 。
📜 バイエル符号 (Bayer designation)

1603年にドイツの天文学者ヨハン・バイエルが発案した命名法です 。基本的に、一つの星座の中で最も明るい星から順に、ギリシャ文字のアルファベット(α, β, γ...)を割り当て、その後に星座名の所有格をラテン語で続けるというものです 。例えば、「はくちょう座で最も明るい星」は「はくちょう座α星(α Cygni)」となります 。この方法は非常に画期的で、現在でも広く使われています 。
しかし、バイエル符号にはいくつかの例外や欠点も存在します。


  • 必ずしも明るさの順番通りではないことがある。(例:オリオン座のα星ベテルギウスは、β星リゲルより暗い)

  • ギリシャ文字は24文字しかないため、星座に含まれるすべての恒星を網羅できない。

  • どの星にどの符号を割り当てるかはバイエル自身の判断に委ねられていた部分がある。

📜 フラムスティード番号 (Flamsteed designation)

18世紀初頭、イギリスの初代グリニッジ天文台長ジョン・フラムスティードが導入した方法です 。こちらは星座の中で、西の空に位置する星から順番に「1, 2, 3...」とアラビア数字を割り当てていきます 。例えば、「はくちょう座16番星」のように呼ばれます。バイエル符号よりも多くの星(約2554個)に番号を振ることができ、客観的な基準で整理されているのが特徴です 。
一方で、この番号はイギリスから観測できる星のみを対象としていたため、南天の星座の多くにはフラムスティード番号が存在しないという欠点があります 。
現在では、これらの命名法が以下のように使い分けられるのが一般的です。






命名法

特徴

長所

短所

バイエル符号

星座内の明るい星からギリシャ文字を割り当て

歴史が古く、明るい星の識別に広く使われる

明るさ順の例外が多く、網羅性も低い

フラムスティード番号

星座内を西から東へ数字で割り当て

客観的な基準で多くの星をカバーできる

南天の星座には番号がない

一般的に、バイエル符号を持つ星はそちらが優先され、バイエル符号がなくフラムスティード番号がある星は番号で呼ばれることが多いです 。

恒星の命名の最終決定権:国際天文学連合(IAU)の役割

古代から様々な文化圏で、色々な名前やルールで呼ばれてきた恒星ですが、天文学が国際的に発展するにつれて、名称を統一する必要性が高まりました 。そこで1919年に設立されたのが国際天文学連合(IAU)です 。IAUは、天文学における唯一の国際的な学術団体であり、惑星、衛星、小惑星、そして恒星など、あらゆる天体の正式名称を決定する権限を持つ唯一の機関です 。
意外に思われるかもしれませんが、IAUが恒星の固有名を正式に「採択」し始めたのは、ごく最近のことです。それまでは、ベガやアルタイルといった名前も「通称」や「慣例」として使われているに過ぎませんでした 。IAUが初めて恒星の固有名を正式に承認したのは2015年のこと 。太陽系外惑星に名前を付けるキャンペーンをきっかけに、その主星となる恒星にも公式な名前を与えようという機運が高まり、2016年には227個の恒星の固有名が最初のリストとして承認されました 。このリストには、ベガやアルタイル、シリウスといったお馴染みの星々が含まれています 。
IAUは、スペルが様々だったり、複数の名前で呼ばれたりしていた恒星に対し、一つの公式名称を定めることで、世界中の研究者や教育者が共通の認識を持てるように努めています 。
【豆知識】星の命名権は買える?

時々、「星に名前を付けてプレゼントする」といったサービスが見られます。これはロマンチックなギフトですが、IAUはこのような商業的な命名サービスには一切関与しておらず、それらの名前が天文学の世界で公式に使われることはありません。IAUは、天体の命名は科学的、文化的な意義に基づいて行われるべきであり、販売対象ではないという立場を明確にしています。
恒星の公式な命名については、以下の国立天文台の解説も参考になります。恒星の一覧や命名の背景が記されています。

こよみ用語解説 おもな恒星 - 国立天文台暦計算室

恒星の命名と日本文化:星々を彩る美しい和名とその物語

西洋やアラビアの命名法とは別に、日本でも古くから星々に独自の名前(和名)が付けられ、親しまれてきました。これらの和名は、日本の豊かな自然観や生活文化と深く結びついています。
🔭 代表的な恒星の和名

  • すばる (昴): おうし座プレアデス星団のこと。物が一つに集まるという意味の「統(す)まる」が語源とされ、清少納言の『枕草子』にも登場する有名な名前です。
  • 彦星(ひこぼし)と織姫星(おりひめぼし): 七夕伝説でおなじみ。それぞれ、わし座アルタイルこと座ベガを指します。
  • あめふり星・ほし: 天候と関連付けられた名前。例えば、特定の星が見えれば雨が降るといった経験則から名付けられました。
  • 平家星(へいけぼし): オリオン座のベテルギウスの和名の一つ 。その赤色を平家の赤旗になぞらえたものです。対照的に、白く輝くリゲルは「源氏星」と呼ばれることもあります。
  • 真珠星(しんじゅぼし): うみへび座のα星、アルファルドの和名。周りに明るい星が少ないため、一つだけぽつんと輝く様子から名付けられました。

これらの和名は、単なる識別符号ではなく、その星の見た目(色や明るさ)、季節、そして人々の暮らしや物語と一体となって息づいています。農作業の時期を知るための目印(農耕星)や、漁師が航海の目印にした星(漁撈星)など、実用的な目的で名付けられたものも少なくありません。国際的な命名規則とは異なる、文化的な奥行きが和名にはあります。夜空を見上げたとき、公式な名前だけでなく、日本で古くから伝わる和名を思い浮かべてみるのも、星空の楽しみ方を広げてくれるでしょう 🌸。

恒星の命名の最前線:太陽系外惑星と誰でも参加できる命名キャンペーン

天文学の進歩により、私たちの太陽系以外の恒星(主星)の周りを公転する「太陽系外惑星」が次々と発見されています。2025年現在、その数は5000個を超えています。これらの新しい天体の発見に伴い、命名の機会も増えています。
IAUは設立100周年を記念して、2019年に「IAU100 NameExoWorlds」と題した大規模な太陽系外惑星命名キャンペーンを実施しました 。これは、世界中の国や地域に、それぞれ一つの惑星系(主星とその惑星)の命名権を与えるという画期的なプロジェクトでした 。
🌏 日本が命名した惑星系

このキャンペーンで、日本には「HD 145457」という恒星とその惑星「HD 145457 b」の命名権が割り当てられました。日本国内で名称が公募され、最終的に主星は「カムイ」、惑星は「ちゅら」と名付けられました。カムイは北海道の先住民であるアイヌの言葉で「神」を意味し、ちゅらは沖縄の言葉で「美しい」を意味します。日本の北と南の美しい言葉が、遠い宇宙の星々に刻まれたのです。
このようなキャンペーンは、天文学を専門家だけのものから、一般の人々が参加できる開かれたものへと変える大きな一歩となりました。自分が提案した名前が、遥か彼方の星と惑星の公式な名前として、未来永劫使われ続けるかもしれないというのは、非常に夢のある話です。
太陽系外惑星の命名規則は、基本的に主星の符号にb, c, d...とアルファベットの小文字を付けていく形式が取られます 。例えば、主星が「XYZ」なら、最初の惑星は「XYZ b」、次に見つかった惑星は「XYZ c」となります。主星自体は「XYZ A」と見なされます 。
IAUは今後もこのような命名キャンペーンを企画する可能性があります。天文学の最新情報に注目していれば、いつかあなたも「名付け親」になるチャンスが巡ってくるかもしれません。宇宙への興味は、星を見上げるだけでなく、その名前に参加することでも深まっていくのです。

 

 


恒星と惑星―手のひらに広がる夜空の世界 (ネイチャーガイド・シリーズ)