いるか座は夏の夜空に輝く小さな星座で、4等星と5等星から構成されていますが、わし座の近くに位置するため意外と見つけやすい星座です。紀元前1200年頃には既に知られていた古い星座で、ギリシャ神話では複数の物語が伝えられています。主要な星には逆読みの名前という興味深い由来があり、天文ファンの間で話題になっています。
参考)https://ryutao.main.jp/mythology_04.html
いるか座α星は「スアロキン(Sualocin)」という固有名を持つ多重星系です。見かけ上は6重星ですが、実際に物理的に結びついているのは主星Aaと伴星Abからなる分光連星で、実視等級は3.9等と6.4等です。主星と伴星は軌道長半径12auの楕円軌道を約17年の周期で互いに周回しており、地球からの距離は約254光年です。
参考)いるか座アルファ星 - Wikipedia
主星Aaの表面温度は約11,000Kで青白い恒星、スペクトル型はB9IVの準巨星です。興味深いことに、伴星Abはシリウスに似た特徴を持つとされ、将来主星が白色矮星に進化すると現在のシリウス星系と類似した様相になると予想されています。
参考)いるか座アルファ星とは - わかりやすく解説 Weblio辞…
いるか座α星の詳細な軌道データや物理的性質についてはウィキペディアで確認できます
いるか座β星は「ロタネブ(Rotanev)」という固有名で呼ばれ、いるか座の中で最も明るく見える星です。実視等級は3.63で、スペクトル型F5IVの準巨星である主星Aと4.9等の主系列星である伴星Bからなる分光連星です。
参考)いるか座ベータ星 - Wikipedia
2つの星は軌道長半径13auの楕円軌道を約26.7年の周期で周回していますが、地球から見ると平均0.65秒角しか離れていないため小望遠鏡では分解できません。さらに13.1等の伴星Cも発見されており、実際には三重星系を形成しています。β星はいるか座の頭部に位置し、夏の夜空で星座を見つける際の重要な目印となります。
参考)夏の星座「イルカ座」の見つけ方
スアロキンとロタネブという一風変わった星の名前には、天文学史上でもユニークな由来があります。これらの名前が初めて使われたのは1814年、パレルモ天文台台長ジュゼッペ・ピアッツィが出版した「パレルモ星表」第2版でした。
実はこれらの名前は、当時ピアッツィの助手を務めていたニコロ・カチャトーレ(Nicolò Cacciatore)の名前をラテン語化した「Nicolaus Venator」を逆から読んだものなのです。つまりスアロキン(Sualocin)は「Nicolaus」の、ロタネブ(Rotanev)は「Venator」の逆読みです。カチャトーレは後にピアッツィの後を継いでパレルモ天文台の第2代台長となっており、この遊び心のある命名は師匠からの粋な贈り物だったのかもしれません。2016年9月12日、国際天文学連合はこれらの名前を正式な固有名として承認しています。
いるか座に関する最も有名な神話は、古代ギリシャの吟唱詩人で音楽家のアリオンにまつわる物語です。アリオンはレスポスの島に生まれ、コリントスの王ペリアンドロスに仕える竪琴の名手で、あの有名なオルフェウスと並び称される存在でした。
参考)https://seiza.imagestyle.biz/sinwa/iruka.shtml
ある時、アリオンはシチリア島で開催された音楽コンクールに出場し、見事に優勝して多額の賞金と賞品、そして高い名声を手に入れました。帰路につくため船に乗り込みましたが、沖に出ると船乗りたちが突然剣を向け「金を出して死ね」と脅してきたのです。武術の心得のないアリオンは観念しましたが、最期の願いとして一曲だけ竪琴を弾かせてほしいと申し出ます。
参考)http://www.ksky.ne.jp/~tatsuo/sinwa/iruka.htm
アリオンが船縁に立ち、紫の衣をまとい花輪をいただいて心を込めた演奏を始めると、その美しい調べを聴きつけて多くのイルカたちが集まってきました。演奏が終わりアリオンが海に身を投じると、イルカたちは彼を救い上げて背中に乗せ、無事にコリントスの港まで運んだと伝えられています。神々はこのイルカたちの行いを称え、夜空に上げているか座にしたとされています。
参考)https://seiza.imagestyle.biz/natu/irukamain.shtml
アリオンの神話の詳細な経緯や絵画作品については星座図鑑のページで紹介されています
いるか座にはもう一つ、海の大神ポセイドンに関する神話が伝わっています。ポセイドンは海の神ネレウスの娘アンフィトリテに心を奪され、強引に奪い取って妻にしようとしましたが、アンフィトリテは逃げ出して海神オケアノスのもとに隠れてしまいました。
参考)いるか座|やさしい88星座図鑑
困り果てたポセイドンの前に一匹のイルカが現れ、アンフィトリテの居場所を教えてくれました。ポセイドンは早速彼女のもとへ出向いて謝罪し、無事にアンフィトリテを妻として迎えることができたのです。このイルカの功績をたたえ、ポセイドンは夜空に上げているか座としたと言われています。
この神話では、イルカは海神ポセイドンの使いとして神聖な存在と位置づけられており、古代ギリシャにおけるイルカへの畏敬の念が表れています。
参考)いるか座の探し方と神話〜古代ギリシャの音楽家アリオンを救った…
いるか座には第三の神話も存在し、それは酒神ディオニソス(バッカス)に関する物語です。ある時、海辺で笛を吹いていたディオニソスを漁船を装った海賊たちが襲い、攫ってしまいました。ディオニソスが王族の息子であることから身代金を要求しようとしたのです。
参考)プラネタリウム ~星空玉手箱~|第24夜 海蛇の 背に乗るコ…
しかしディオニソスは神ですから、縄でぐるぐる巻きにされても薄笑いを浮かべているだけでした。突然、船にはブドウのツルが生え、マストや帆に絡みつき身動きが取れなくなります。さらにディオニソスの周りには鳥や獣たちが現れて守護の陣形を組み、恐れをなした海賊たちは海に飛び込んで逃げようとしました。
参考)コップ座の神話!物語の後半でイルカ誕生の秘密が!?
すると海賊たちの手足はヒレに変わり、体は鱗のないツルツルの魚のような姿、つまりイルカに変えられてしまったのです。ギリシャ神話では、これが哺乳類であるイルカが生まれた起源だと伝えられています。興味深いことに、このイルカとなった海賊たちが後に心を入れ替え、前述のアリオンを助けたのだという説もあります。この神話はコップ座の物語とも密接に関連しており、ディオニソスが持っていた杯がコップ座になったとされています。
いるか座γ星は美しい二重星として天文愛好家の間で人気の観測対象です。小型望遠鏡でも分離して観測できるため、初心者にもおすすめの天体です。α星が6重の連星、β星が三重星であるのと同様に、いるか座には複数の連星系が存在し、恒星の進化や連星系の研究において興味深い対象となっています。
参考)いるか座ってどんな星座?【神話も紹介】
いるか座の見つけ方としては、夏の大三角形を形成するわし座の1等星アルタイルを目印にするのが効果的です。アルタイルの東側で4つの星が小さな菱形を作っているのがいるか座の胴体部分で、そこから2つの星が南に伸びて尾の部分を形成しています。観測時期は7月から12月の約6ヶ月間で、特に夏の夜空では天の川の近くに位置するため、星空の暗い場所では案外目立つ星座です。
参考)いるか座とは?見つけ方や見どころ、神話まで
いるか座には目を引く星雲や星団は多くありませんが、銀河NGC6972や球状星団NGC6934など、いくつかの深宇宙天体も位置しています。特に「NGC6927+NGC6930+NGC6928」のセットは魅力的な観測対象として知られています。
参考)いるか座の天体と位置がわかる星図や写真|天体写真ナビ
いるか座の詳しい天体位置や撮影データについては天体写真専門サイトで確認できます
いるか座は小さな星座ですが、その形を覚えてしまえば次回の観測時にも簡単に見つけられるという特徴があります。実際にイルカが海から跳ねているような姿を想像しながら観測すると、より一層楽しめるでしょう。
参考)いるか座
youtube
星座絵では通常イルカが左向き(東向き)に描かれていますが、季節や時刻によって星座の向きが変わるため、時にはイルカが逆立ちしているように見えたり、真横を向いているように見えたりします。この変化を追うのも面白い観測方法です。また、いるか座の近くには小さな星座が集まっており、や座、こうま座なども併せて観察すると、コンパクトな星座のコレクションとして楽しめます。
双眼鏡を使えば、α星やβ星の周辺により多くの暗い星々を確認でき、星座の形がより立体的に浮かび上がります。さらに、星座を構成する星々の色の違いに注目するのもおすすめで、α星の青白い光とβ星のやや黄色がかった光の対比を観察してみてください。神話のストーリーを思い浮かべながら星空を眺めれば、古代ギリシャ人が夜空に描いた物語をより身近に感じられるはずです。