はと座を構成する星の中で最も明るいのが、α星のファクトです。視等級は約2.6等で、はと座で一番明るい恒星として知られています。ファクトという名前はアラビア語の「アル・ファクタ」または「アル・ファキタ」に由来し、「じゅずかけばと」という意味を持ちます。本来は一部のアラビア人の間でくちょう座に与えられていた名前でしたが、はと座が設定されてからこの星の固有名となりました。2016年7月20日には、国際天文学連合によって正式にPhactという名称が承認されています。
β星のワズンは視等級約3.1等で、はと座で2番目に明るい星です。アラビア語の「アル・ワズン」(重さ)という言葉から名付けられたとされ、りゅうこつ座のカノープス星の出現に関係したアラビアの伝説とも関わりがあると言われています。この星も元々は他の星の固有名であったものが、後にこの星に移ったのではないかと考えられています。
はと座全体は、アルファベットのYの字が横に倒れたような星の並びが特徴的です。3等星が2個、4等星が5個、5等星が12個、6等星が50個で構成されており、比較的小さな星座ですが、明るい星が配置されているため、条件が良ければ見つけやすい星座と言えます。
はと座は17世紀に制定された比較的新しい星座のため、古代ギリシャ神話のような伝統的な神話や伝説は伝わっていません。しかし、旧約聖書の「創世記」に登場するノアの箱舟の物語に出てくる鳩が、この星座のモチーフとなっています。
ノアの箱舟の物語では、神が人間の悪を見て大洪水を起こすことを決意します。しかし神を敬うノアにだけは、箱舟を造って家族と地上のすべての生き物を1つがいずつ乗せるよう指示しました。雨は四十日四十夜降り続き、地上は水で覆われました。洪水の後、ノアは外の様子を確かめるため、まずカラスを放ちましたが、カラスは行ったり来たりするだけでした。
次にノアが放ったのが鳩です。最初に放った鳩は、足を休める場所が見つからず箱舟に戻ってきました。7日後に再び鳩を放つと、今度は鳩がオリーブの若枝をくわえて戻ってきたのです。これによりノアは、水が引き始め、神の罰である洪水が終わったことを知りました。さらに7日後に鳩を放つと、鳩は二度と戻ってきませんでした。これは完全に陸地が現れたことを意味していました。
この物語から、オリーブの枝をくわえた鳩は平和と希望の象徴となり、神と人間の和解のシンボルとして天に置かれたとされています。1679年にフランスの天文学者オーギュスタン・ロワイエが星図に記載した際、「ノアのはと座」として紹介されたことが、この星座が広く知られるきっかけとなりました。
はと座にはもう一つ、ギリシャ神話のアルゴ遠征隊の物語とも関連があるとされています。この伝説では、勇者イアソン率いるアルゴ船がエーゲ海から黒海へと向かう際、黒海の入り口にあった「打合い岩(シュムプレーガデスの岩)」という難所を通過する場面が描かれています。
打合い岩は、その脇を通る船を押しつぶすという巨大な2つの岩でした。アルゴ船の冒険者たちは、まず鳩を放ってどのように岩をくぐり抜けるかを観察しました。鳩が岩の間を飛び抜ける様子を見て、そのタイミングを学んだアルゴ船は、見事に通り抜けることに成功したと伝えられています。
はと座の東隣にはかつて「アルゴ船座(アルゴ座)」という大きな船の形をした星座がありました。現在はりゅうこつ座、らしんばん座、ほ座、とも座の4つの星座に分割されていますが、この配置からもアルゴ船を先導した鳩の姿が、はと座として天に描かれたという解釈も存在します。
どちらの物語が真の由来であるかは定かではありませんが、いずれにしても鳩が重要な役割を果たし、希望と平和をもたらす存在として描かれている点は共通しています。
はと座の西の端には、美しい球状星団NGC1851があります。この球状星団は、はと座の方向およそ4万光年(一説では約35000光年)先に位置しており、見かけの等級は7.3等です。冬の空に見られる球状星団としては、うさぎ座のM79が有名ですが、実はNGC1851の方がM79より明るくて大きいという特徴があります。
NGC1851は集中度の高い立派な球状星団で、双眼鏡でも観察することができます。カラフルなイルミネーションのように美しく輝く姿は、望遠鏡で観測するとさらに詳細に楽しむことができます。ただし、日本から観測する場合は南中高度が低く、撮影時でも14度ほどしか上がらないため、南の空が開けた場所での観測が推奨されます。
球状星団とは、数万から数百万個の恒星が球状に密集した天体で、銀河系の周りを公転しています。NGC1851のような球状星団は、宇宙の初期に形成された古い星の集団であり、天文学的にも重要な研究対象となっています。空気の澄んだ冬の夜、双眼鏡や望遠鏡を使ってこの美しい星団を探してみるのも、はと座観測の楽しみの一つです。
はと座は冬の星座で、南の空低くに輝く小さな星座です。最も観測しやすい時期は1月から2月の夜9時頃で、この時期に20時南中を迎えます。日本での南中高度は約20度と低いため、南の空が開けた場所で観測することが重要です。
はと座の見つけ方は、まずオリオン座を目印にします。オリオン座の下(南側)にあるうさぎ座と左下のおおいぬ座を見つけ、うさぎ座のさらに下、おおいぬ座の足元のあたりを探します。特におおいぬ座のシリウスを目印にすると探しやすく、シリウスのすぐ南に位置しているため、シリウスを見つけたらその下を探すとよいでしょう。
はと座は3等星が2つある比較的明るい星でできているため、町明かりや雲がなければ案外簡単に見つけられます。ファクト(α星)とワズン(β星)という2つの明るい星を結び、Y字型の星の並びを描くように観察すると、全体像が見えてきます。ただし地平線から出ている時間も短いため、空気の澄んだ冬の夜、視界が開けた空の暗い場所で観測するのがベストです。
南半球では11月から4月の間に見ることができ、北半球とは異なり180度回転して見えるため、より観測しやすい条件となっています。