トゥバン星と北極星、ピラミッドとの歴史的つながり

古代エジプトのピラミッド時代に北極星だったりゅう座のトゥバン星。歳差運動により変化する北極星の歴史と、最新の観測で明らかになったトゥバンの連星としての素性を知っていますか?

トゥバン星と北極星の歴史

トゥバン星の3つの特徴
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古代の北極星

紀元前2700年頃、ピラミッド時代の方角の目印となった星

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食連星システム

TESSの観測により明らかになった2つの恒星が周回し合う連星系

りゅう座α星

アラビア語で「蛇」または「竜」を意味する名前を持つ3.7等星

トゥバン星が北極星だった時代

トゥバンは、りゅう座のα星で、現在の明るさは3.680等の4等星です。この星が歴史的に特別な意味を持つのは、約5000年前の紀元前2700年頃に北極星として機能していたためです。具体的には紀元前2675年ごろ、地球の自転軸の延長線上に最も近い位置にあり、天の北極の目印として古代エジプト人に観測されていました。

 

参考)かつて北極星だった「トゥバン」 現在は「ポラリス」、未来は「…

この時期は、まさにエジプトのクフ王のピラミッドが建設された時代と重なります。ピラミッドとトゥバンの関係は単なる偶然ではなく、クフ王のピラミッドの北面には約31度の角度を持つ横穴が外壁まで通じており、これはピラミッド内部から当時の北極星であるトゥバンを望むために設計されたものと考えられています。この設計は、古代エジプト人が天文学的知識を建築に活用していた証拠として、現代の研究者たちの関心を集めています。

 

参考)トゥバンとは? 意味や使い方 - コトバンク

当時のトゥバンは現在よりも明るく、2等星ほどの光度があったとする説も存在します。また、西アジアにあったザルゴン王の星占いの書物には、「天の生命」「天の裁判官」などの名前でトゥバンがあがめられていた記録も残されています。

 

参考)http://yumis.net/space/star/greece/dra-g2.htm

北極星が移り変わる歳差運動のメカニズム

北極星が時代とともに変化する現象は、地球の「歳差運動」によって引き起こされます。回転しているコマが首を振るように、地球の自転軸も周期約25,700~26,000年で円を描くように動いています。これは地球に働く月や太陽などの引力が原因です。

 

参考)国立科学博物館-宇宙の質問箱-星座編

この歳差運動により、地軸の先端が指し示す「天の北極」の位置も少しずつ変わり、その軌跡は天球上で円を描きます。そのため、天の北極に最も近い「北極星」は、数千年ごとに別の星へと交代していくのです。

現在の北極星はこぐま座α星「ポラリス」ですが、今から約3000年前にはこぐま座β星「コカブ」が北極星でした。そして約5000年前にはトゥバンが、その役割を担っていたわけです。将来的には、約12,000年後にこと座の一等星「ベガ」が北極星になると予測されています。この壮大な天体の「リレー」は、地球の自転軸の動きが生み出す宇宙規模のサイクルといえます。

 

参考)ガリレオ博士の天体観測図鑑:ガリレオ博士の天体観測図鑑/14…

TESSが明らかにしたトゥバン星の連星としての性質

トゥバンは連星であることが以前から知られていましたが、2018年に打ち上げられたNASAの系外惑星探査衛星「TESS(Transiting Exoplanet Survey Satellite)」による観測により、その正体がより詳しく明らかになりました。TESSのデータを分析したシドニー大学のTimothy Bedding氏らの研究チームは、トゥバンが互いに周回し合う恒星どうしが重なり合って見えることで周期的に明るさが変化する「食連星(食変光星)」であることを初めて発見しました。

 

参考)研究者も驚き。TESSが明らかにした「古代の北極星」の素性

観測結果によると、主星と伴星は0.140771年(約51.4日)の周期で互いに周回しており、2つの恒星は地球から見たときに完全に重なり合うことはありません。明るさの変化は主星と伴星のどちらが手前に見えるかによって異なり、9%または2%の変化に留まっています。この食による明るさの変化が開始から終了まで約6時間程度しか続かないため、これまで見逃されてきたと考えられています。

 

参考)りゅう座 - Wikipedia

トゥバンは地球から約261~300光年の距離にあり、スペクトル型A0IIIのA型恒星です。質量の小さな伴星を従える連星系として、現代の天文学研究において新たな注目を集めています。なお、2004年には「トゥバンの明るさがおよそ1時間ごとに変化している」とする研究結果が発表され、主星が短期間で脈動するマイア型変光星である可能性が示唆されたこともありました。

りゅう座における星トゥバンの位置と探し方

りゅう座は天の北極に近いところに位置する星座で、特に明るい星があるわけではありませんが、ほぼ1年中その姿を見つけることができる周極星です。トゥバンはりゅう座のα星で、竜の尻尾に近い位置にあり、3.7等星であまり目立たない存在です。

 

参考)りゅう座とトゥバン

りゅう座を見つけるには、まず北の空にある「北斗七星」と現在の「北極星(ポラリス)」を探すのが効率的です。北斗七星のひしゃくの先端の星から北極星に向かう途中に、りゅう座の尻尾の星が位置しています。トゥバンはこの尻尾の部分に含まれる星で、ぽつんと冴えない光を放っています。

 

参考)そうだ奥三河に行こう!夏の星座「りゅう座」のお話

りゅう座の頭部は、夏の夜空で東側の空高く輝く一等星ベガ(こと座)の北に目をやると見つかります。ややいびつな小四辺形が火を吹く竜の頭で、その先にある3等のβ星(ラスタバン)と2等のγ星の二星が両眼を輝かせているように見えます。この頭部から北極星の方向へ蛇行するようにたどっていくと、トゥバンのある尻尾部分に到達します。

トゥバン星の名前の由来とアラビア天文学の影響

「トゥバン」という名前は、アラビア語で「蛇」または「竜」を意味する「thūʿban(アル・トゥバン)」に由来しています。より正確には、アラビア語で「蛇の頭」を意味する「raʾs al-tinnīn」という言葉がルネサンス期にラテン語に訳されて「Rastaben」と綴られ、元の「al-tinnīn」ではなく「thūʿban」に帰せられることとなりました。

 

参考)りゅう座アルファ星とは - わかりやすく解説 Weblio辞…

この名前は、りゅう座全体が蛇や竜を象徴する星座であることを反映しています。興味深いことに、ペルシア語では「Azhdeha」と呼ばれ、同じく竜を意味します。また、別の表記として「ツバーン(Thuban)」とも呼ばれることがあります。

 

参考)りゅう座アルファ星 - Wikipedia

アラビアの天文学者たちは、りゅう座の星々に様々な名前を付けました。β星のラスタバンは「蛇または竜の頭」を意味する「アル・ラス・アル・トゥバン」から、γ星のエルタニンは「竜」を意味する「アル・ラス・アル・ティニン」から名付けられています。これらの名前は、中世のアラビア天文学がヨーロッパの天文学に与えた大きな影響を示しています。

中国では、トゥバンは「右枢(ゆうすう)」と呼ばれており、東アジアの天文学においても重要な位置を占めていました。このように、トゥバンは世界各地の文化において、それぞれ独自の名前と意味を与えられてきた歴史的な星なのです。

TESSによるトゥバンの食連星観測の詳細 - sorae
歳差運動と北極星の変化の仕組み - 国立科学博物館
りゅう座α星(トゥバン)の基本情報 - Wikipedia