こじし座は、ギリシャ神話に登場しない比較的新しい星座です。17世紀末にポーランド生まれの天文学者ヨハネス・ヘベリウスによって考案されました。ヘベリウスの死後、1690年に妻によって刊行された著書『Prodromus Astronomiae』に収められた星図『Firmamentum Sobiescianum』と星表『Catalogus Stellarum』に初めて記載されたのが初出となっています。
しし座とおおぐま座の間には、もともと星座が設定されていない空白の領域が存在していました。ヘベリウスは、オランダのペトルス・プランシウスが1612年に製作した天球儀上でヨルダン川に見立てた「ヨルダン座」を置いていた領域を、やまねこ座・りょうけん座・こじし座の3星座に改めたのです。つまり、こじし座は星座のなかった空域を埋めるために作られた星座であり、2000年以上の歴史を持つ古代ギリシャの星座とは異なり、神話や伝説は伝わっていません。
こじし座は、4等星以下の暗い星ばかりで構成された小さな星座で、空に広がる範囲も小さく目立ちません。面積は232平方度で、88星座中64位の大きさです。こじし座の中で最も明るい星は46番星で、3.8等星の明るさを持ちます。
この46番星には「プラエキプア(Praecipua)」という固有名が付けられており、ラテン語で「主要なもの」を意味します。ヘベリウスがこの星の名付け親とされていますが、特に注目を集める星ではないため、現在ではこの名で呼ぶ人はほとんどいません。興味深いことに、フランシス・ベイリーが1845年に刊行した星図『British Association Catalogue』の中でこの星座の星にギリシア文字の符号を振った際、現在の46番星にαの符号を振り忘れたため、こじし座はβ星はあるがα星が存在しない4つの星座のうちの1つとして知られています。
こじし座は、しし座と同じ方角を向き、「伏せ」の姿勢をとる小獅子の姿として星座絵に描かれています。また、こじし座の頭の上にはやまねこ座の尻尾が垂れ下がっており、ヤマネコが自分の子どもをあやすように尻尾で小獅子を遊ばせているようにも、小獅子がヤマネコに狙いを定めて今にも飛びかかろうとしている場面にも見えます。
こじし座は、しし座とおおぐま座という2つの目立つ星座に挟まれているため、位置としては見つけやすい星座です。具体的には、南の空に輝くしし座の1等星レグルスを目印に天頂に目を向けると、4つの4~5等星が横に並んだこじし座が見つかります。しし座の頭部分と、おおぐま座にある北斗七星のひしゃく部分との間、ちょうど中間あたりに位置しています。
春の頃が見頃の時期で、3個の4等星で作られた平べったい三角形として認識できます。ただし、4等星以下の暗い星ばかりで構成されているため、都会の空では見ることができないかもしれません。星空の綺麗な場所でも目立たない星座で、天文ファンでも気づくことが少ない存在です。
小さくなだらかな星の並びから小獅子の姿を想像することは困難ですが、大きなしし座と北斗七星の間に挟まれた空域を探すことで、その位置を確認できるでしょう。
こじし座には、いくつかの興味深い観測対象が存在します。まず注目すべきは、こじし座R星という変光星です。これはミラ型長周期変光星で、およそ372日の周期で6.3等星から13.2等星まで明るさを変えます。極大期には双眼鏡で観測することができ、この明るさが変わる現象は、R星が近い将来寿命を迎えようとしていることを示していると考えられています。
次に、42番星はこじし座の尻尾の先にある二重星です。2つの星から構成されており、星を分離するためには口径5cm程度の望遠鏡で観察する必要があります。このような二重星の観測は、アマチュア天文家にとって人気のある観測対象となっています。
さらに、NGC3395/96という天体も見逃せません。これはこじし座の後ろ足付近に位置するペアの渦巻き銀河で、衝突銀河として知られています。2つの銀河がお互いの引力の影響によっていびつな形となっており、激しく形がゆがんで見える様子が観察できます。ゆくゆくは1つの銀河に変わるであろうと考えられており、銀河の進化を研究する上で貴重な観測対象となっています。
こじし座の星々は、中国の伝統的な天文学においても独自の位置づけがありました。中国の天文では、こじし座の星々は三垣の太微垣と紫微垣、二十八宿の朱雀七宿の星宿に跨っていたのです。
太微垣では「少微」という星官に52番星が「大夫」、41番星が「議士」という星名で属していました。紫微垣では「勢」という星官に34番星と33番星が属し、星宿では「内平」という星官に22・21・13・18の4つの星が属していました。このように、西洋の星座体系では新しく作られた星座であっても、中国では古くから個別の星として認識され、独自の名前と意味が与えられていたことは興味深い事実です。
中国の天文学では、星々を宮廷や政治組織に見立てて分類する伝統があり、「大夫」や「議士」といった名称は、天上の世界を地上の社会構造に対応させる考え方を反映しています。こじし座の星々が複数の星官に分散して属していたことは、この領域が複数の天文学的な区分の境界に位置していたことを示しています。
こじし座は神話を持たない新しい星座だからこそ、観測者が自由に想像力を働かせることができる特別な存在です。暗い星ばかりで構成されているため、光害の少ない場所での観測が必須となりますが、それは同時に、より多くの星々を背景に見ることができるということでもあります。
観測の際のポイントとして、以下のような楽しみ方があります。
こじし座の観測は、明るい星座の観測に慣れた後の「次のステップ」として最適です。暗い星々を見分ける観測眼を養うことができ、星座探しのスキルアップにもつながります。また、神話がないからこそ、あなた自身がこじし座にまつわるオリジナルのストーリーを思い描くことができるのです。
春の夜空で、しし座という大きな親獅子と、その背中に隠れるように存在する小さな子獅子の姿を探してみてはいかがでしょうか。暗い星々が織りなすひっそりとした輝きの中に、宇宙の静かな美しさを発見できるはずです。