星官とは何か？三垣二十八宿と中国天文学の歴史

星官と中国天文学の基礎知識

星官とは何か？定義と起源

 

星官（せいかん）は、古代中国人が恒星をグループ化して作ったアステリズム（星群）のことです。国際天文学連合が定めた今日の星座とはかなり異なり、これは今日の星座が中国の天文学ではなく、ギリシアの天文学を基にしたものだからです。古代中国の天文学者は、夜空を独自の視点で分類し、約5000年前から観測を続けてきました。

 

星官の最大の特徴は、星空全体を皇帝を中心とした「天上の官僚国家」として捉えた点にあります。西洋が黄道（太陽の通り道）上に重要な星座を置いたのに対し、中国では「天の北極」と「天の赤道」を重要視して星座を作りました。この違いは、それぞれの文化が夜空に何を見出していたかを示す重要な証拠となっています。

 

星官は西洋天文学の星座と異なり、それ自体に星空を分割した区画の意味は含まれていません。天球上をある程度の面積をもった領域に区分した天区には三垣二十八宿の体系が作られ、個々の天区は天の北極付近および黄道沿いにある主要な星官に距星が置かれました。

 

星官の分類：三垣二十八宿の体系

古代中国の天文学者は夜空を三垣と二十八宿の合計31の領域に区分しました。三垣は天の北極に近い部分で、一年中見ることができる領域です。二十八宿は黄道の領域を28に分割したもので、月の通り道に沿って配置されています。

 

• 紫微垣（しびえん）：天の北極を中心とした中垣で、皇帝の宮殿を表します
• 太微垣（たいびえん）：北斗七星より南に位置する上垣で、政務を司る役所を象徴します
• 天市垣（てんしえん）：市場や商業活動を表す垣です

三垣と二十八宿の星官数と星の数は以下の通りです。三垣には76個の星官があり、328個の星で構成されています。東方七宿には46個の星官と186個の星、北方七宿には65個の星官と408個の星、西方七宿には54個の星官と297個の星、南方七宿には42個の星官と245個の星があります。近南極星区には23個の星官と130個の星があり、合計すると306個の星官と1764個の星になります。

 

二十八宿は天の赤道付近の28の星座のことで、天文学や星占いに重要な役割を果たしてきました。7宿ごとにまとめた四象（青龍・朱雀・白虎・玄武）という分類もあり、方位や季節と結びついています。

 

星官と西洋星座の相違点

星官と西洋星座には、いくつかの重要な違いがあります。まず、見た目の重視度が異なります。西洋星座は星と星を結んで形を想像できるように作られていますが、星官では星を結んでも星座の形を想像することはできません。これは、星官が官職や政治的な意味を重視していたためです。

 

座標系の基準も大きく異なります。西洋星座は黄道（太陽の通り道）を基準としているのに対し、星官は天の北極と天の赤道を基準にしています。この違いは、西洋が太陽や惑星の動きを重視したのに対し、中国が北極星を中心とした天の秩序を重視したことを示しています。

 

星座の大きさや数も異なります。中国星座は西洋と違い、1星や2星といった少数の星で構成される小さな星座が多数存在します。例えば、現在のからす座付近の四辺形を形作る4つの星は、二十八宿の一つに数えられる「軫」で、司馬遷の『史記』天官書には「軫は車であって風を支配している」と記されています。

 

文化的背景も重要な違いです。西洋星座が神話や英雄物語と結びついているのに対し、星官は官僚機構や政治組織を反映しています。これは古代中国における天と地の対応関係という思想を示すものです。

 

星官の歴史と文化的影響

星官の歴史は非常に古く、約5000年前のメソポタミア文明やシュメール人の時代にまで遡ることができます。中国では独自の天文観測が発展し、隋の丹元子が作成したとされる『歩天歌』という文献に、三垣二十八宿の詳細な記述が残されています。

 

『歩天歌』では、天球上での星座の位置を紫微垣・太微垣・天市垣と二十八宿に分けられた赤道座標で示しています。その後、中国の星座の位置はこの体系に習って記録され続けました。清の『儀象考成』や『儀象考成続編』では、近南極星区を含む306個の星官が記録されています。

 

日本においても、星官の影響は深く残っています。江戸時代には、貞享暦を作成したことで知られる渋川春海が、中国の星座体系を基に日本独自の星座体系を構築しました。渋川は、全く独自の体系にするのではなく、中国の星官に日本の官職名を当てはめる工夫をしています。

 

大阪市立科学館の中国星座解説
中国星座の基本的な構造と日本への伝来について、詳しい解説が掲載されています。

 

例えば、紫微垣には「民部」「刑部」「陰陽寮」といった日本の官職名が、天市垣には「兵部」「宰相」「市正」「鎮守府」「軍監」などが、東方七宿には「左衛門」「天湖」「湯母」「湯座」「内侍」「采女」「腹赤」などが当てられました。これは中国の天文学を日本の文化に適応させた優れた例といえます。

 

星官の現代における活用と学び方

星官は単なる歴史的遺産ではなく、現代においても様々な形で活用されています。天文学の研究では、古代の星の観測記録が過去の太陽活動や超新星の研究に役立てられています。例えば、393年の中国の「客星」の記録が、銀河系の超新星残骸RX J1713.7-3946との関連性が研究されています。

 

星座に興味がある人が星官を学ぶには、いくつかの効果的な方法があります。まず、自分が住んでいる地域から見える星空を観察し、西洋星座と星官の位置を比較することから始めるとよいでしょう。北極星を中心とした紫微垣の星々は、日本からも一年中観察できるため、初心者にも適しています。

 

• 国立天文台の暦計算室が公開している星官の資料を活用する
• プラネタリウムで中国星座の特別投影を見学する
• 『歩天歌』などの古典文献を現代語訳で読む
• 星図アプリで中国星座表示機能を使って実際の夜空と照らし合わせる

国立天文台暦計算室の星官展示
三垣二十八宿の詳細な星図と解説が公開されており、星官学習の基礎資料として最適です。

 

星占いに興味がある人にとっても、星官は新たな視点を提供します。西洋占星術が黄道十二宮を基準とするのに対し、中国の占星術は二十八宿を基準としており、異なる解釈の体系を持っています。両方を学ぶことで、星空の見方がより豊かになります。

 

文化的な側面では、星官の名称に含まれる官職名や政治用語を通じて、古代中国の社会構造や価値観を理解することができます。紫微垣の「天皇大帝」「四輔」「勾陳」といった星官名は、皇帝を中心とした宮廷組織を反映しており、天と地の対応関係という中国思想の核心を示しています。

 

また、『水滸伝』の百八星の設定も星官の影響を受けています。上位36星を天罡星三十六星、下位72星を地煞星七十二星と呼び、それぞれの登場人物に星の名前が割り当てられています。このように、星官は文学作品にも深い影響を与えてきました。

 

現代の天文学研究においても、中国の古代天文記録は重要な資料となっています。宋代の石刻天文図である蘇州天文図は、その作図の正確度が高く評価されており、当時の天文観測技術の水準を示す貴重な資料です。これらの研究から、星官が単なる星の名前の集まりではなく、高度な天文観測と数学的計算に基づいた科学的な体系であったことが分かります。

 

 

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