1990年の打ち上げ以来、ハッブル宇宙望遠鏡(HST)は30年以上にわたり、私たちの宇宙観を根底から覆す数々の発見を成し遂げてきました 。地上からの観測では大気の揺らぎによってぼやけてしまう天体の姿を、宇宙空間から鮮明に捉えることで、天文学に革命をもたらしたのです 。
ハッブルの最も偉大な功績の一つは、宇宙が加速しながら膨張していることを発見したことです 。遠方の超新星を観測することで、宇宙の膨張速度が時間と共に速まっているという驚くべき事実を突き止め、宇宙の年齢をより正確に(約138億年)推定することに貢献しました 。この発見は、宇宙の大部分を未知の「ダークエネルギー」が占めているという、現代宇宙論の根幹をなす理論へと繋がりました。
また、ハッブルはほとんどすべての銀河の中心に、太陽の数百万倍から数十億倍もの質量を持つ「超大質量ブラックホール」が存在する証拠を掴みました 。銀河の成長とブラックホールの活動が密接に関連していることを示唆するこの発見は、銀河形成の謎を解く上で重要な手がかりとなっています。
ハッブルが私たちに見せてくれたのは、科学的なデータだけではありません。「創造の柱」として知られる、わし星雲のガスと塵が柱のように見える壮大な画像や 、大マゼラン雲の中にある星形成領域「NGC 2014」と「NGC 2020」が織りなす「宇宙の珊瑚礁」と呼ばれるカラフルな姿など 、数々の象徴的な画像を地球に送り届けてきました。これらの画像は、科学的な価値はもちろんのこと、芸術作品のように美しく、世界中の人々を魅了し、宇宙への好奇心を掻き立て続けています 。
さらに、太陽系外惑星の大気を分析し、その組成を明らかにするという画期的な観測にも成功しています 。これにより、地球外生命の可能性を探る研究が大きく前進しました。ハッブルは、まさに人類の宇宙への「眼」として、計り知れない貢献をしてきたのです。
ハッブル宇宙望遠鏡の公式サイトでは、これまでに撮影された膨大な画像を閲覧できます。
NASA Hubble Space Telescope - Images
ハッブル宇宙望遠鏡が切り開いた宇宙観測の地平をさらに押し広げるため、後継機として「ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)」が2021年に打ち上げられました 。両者は協力し合う関係にありますが、その性能や目的には明確な違いがあります。
最大の違いは、観測する光の波長です 。ハッブルが主に可視光線と紫外線で観測するのに対し、ジェイムズ・ウェッブは赤外線に特化しています 。赤外線は、ガスや塵を透過しやすいため、星や惑星が誕生する現場や、宇宙初期の遠方銀河など、可視光では見えなかった宇宙の姿を捉えることができます 。
この性能差は、両者が撮影した同じ天体の画像を比較すると一目瞭然です 。例えば、南のリング星雲を撮影した画像では、ハッブルの画像でも十分に美しいですが、ジェイムズ・ウェッブの画像では、中心にある星がより鮮明に写し出され、周囲に広がるガスの構造も遥かに詳細に描き出されています 。
以下に、両者の主なスペックの違いを表にまとめました。
| 項目 | ハッブル宇宙望遠鏡 | ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡 |
| :--- | :--- | :--- |
| **主鏡の直径** | 2.4m | 6.5m |
| **集光面積** | 4.5 m² | 25 m² (ハッブルの約7倍以上) |
| **観測波長** | 可視光、紫外線、近赤外線 | 主に赤外線 (近~中間) |
| **軌道** | 地球周回軌道 (高度約570km) | 太陽-地球のラグランジュ点 (L2) (地球から約150万km) |
| **特徴** | 打ち上げ後、船外活動による修理やアップグレードが可能 | 打ち上げ後の修理は想定されていない |
主鏡の大きさは、望遠鏡の性能を決定づける重要な要素です。ジェイムズ・ウェッブの主鏡は直径6.5mと、ハッブルの2.4mに比べて圧倒的に大きく、光を集める面積(集光力)は約7倍にも達します 。これにより、より暗く、より遠い天体を観測することが可能になりました。
また、運用される軌道も異なります。ハッブルが地球を周回しているのに対し、ジェイムズ・ウェッブは地球から約150万kmも離れた「ラグランジュ点(L2)」に位置しています 。ここは太陽と地球の重力が釣り合う安定した場所で、地球や太陽からの熱や光の影響を最小限に抑えることができ、極低温を保つ必要がある赤外線観測に最適な環境なのです 。
ハッブルが今なお第一線で活躍を続ける一方、ジェイムズ・ウェッブはその驚異的な性能で、「宇宙最初の星(ファースト・スター)」の発見など、新たな宇宙の謎の解明に挑んでいます 。
ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡のミッションや最新画像については、公式サイトで詳しく知ることができます。
ハッブル宇宙望遠鏡は、高性能な「タイムマシン」としての役割も果たしてきました 。宇宙では、遠くを見れば見るほど、それだけ過去の姿を見ることになります。ハッブルは、その驚異的な観測能力によって、数十億光年以上も彼方にある銀河の、何十億年も前の姿を私たちに見せてくれています 。
その代表例が、「ハッブル・ディープ・フィールド(HDF)」や「ハッブル・レガシー・フィールド(HLF)」と呼ばれる画像です 。これは、ハッブルがある特定のごく狭い領域を、長時間にわたって露光し続けることで、肉眼では何も見えないような真っ暗な宇宙の奥深くから、かすかな光を捉えたものです 。
1995年に初めて公開されたハッブル・ディープ・フィールドは、天文学者たちに衝撃を与えました 。ほんの小さな一点に見えた領域に、数千個もの銀河がひしめき合っていることが明らかになったのです。
そして、ハッブルの16年分にも及ぶ観測データを合成して作成された「ハッブル・レガシー・フィールド」では、その数はさらに増え、約26万5000個もの銀河が写し出されました 。この画像には、ビッグバンからわずか5億年後、つまり約133億年前の宇宙に存在した、生まれたばかりの初期の銀河の姿も含まれています 。
これらの銀河は、現在の天の川銀河などとは異なり、小さく、形も不規則なものが多く見られます。これは、銀河が小さな塊の衝突や合体を繰り返しながら、徐々に大きく成長してきたという、銀河の進化のシナリオを裏付ける強力な証拠となりました。
ハッブルの観測は、私たちが宇宙の中でどのような位置にいるのか、そして銀河がどのように生まれ育ってきたのかを視覚的に理解させてくれました。ハッブルが捉えた一枚一枚の画像は、宇宙の壮大な歴史を物語る貴重なスナップショットなのです。
ハッブル・レガシー・フィールドの壮大な全景画像は、以下のサイトで体験できます。
ESA/Hubble - Hubble Legacy Field
ハッブル宇宙望遠鏡がもたらした恩恵は、プロの天文学者だけのものではありません。その膨大な観測データは、インターネットを通じて世界中の人々に公開されており、「市民科学(シチズン・サイエンス)」という新しい研究の形を切り開きました 。
その最も成功した例の一つが、「Galaxy Zoo(ギャラクシー・ズー)」というプロジェクトです 。これは、ハッブルなどが撮影した膨大な数の銀河の画像を、一般市民がウェブサイト上で見て、その形(渦巻銀河、楕円銀河など)を分類するというものです 。
銀河の形態分類は、その銀河の成り立ちや進化を探る上で非常に重要ですが、何十万、何百万という画像を研究者だけで分類するのは不可能です。しかし、人間の脳は、コンピューター(AI)が苦手とする複雑なパターンの認識に優れています。Galaxy Zooでは、世界中の25万人以上ものボランティアが参加し、AIでは困難だった珍しい天体(例えばリング銀河など)の発見に大きく貢献しました 。
近年では、この市民科学者たちによる膨大な分類データを「教師データ」として活用し、AIの機械学習に役立てるという動きも進んでいます 。つまり、市民の「眼」がAIを訓練し、AIがさらに高速・高精度な分類を実現するという、人間とAIの協働が新たな発見を生み出しているのです。
日本でも、国立天文台のすばる望遠鏡のデータを使った市民天文学プロジェクト「GALAXY CRUISE(ギャラクシークルーズ)」が実施されており、多くの市民天文学者が銀河の謎に挑んでいます 。このプロジェクトでは、銀河同士の衝突・合体が銀河の進化にどのような影響を与えたかを検証することを大きな目標の一つとしています 。
意外なことに、ハッブルの画像には、人工衛星の軌跡が写り込んでしまうことがあります。最近では、1万人の市民科学者の協力により、ハッブルが撮影した画像にどれくらいの人工衛星が写り込んでいるかの調査も行われました 。これは、天文学研究における新たな課題を浮き彫りにした事例と言えるでしょう。
このように、ハッブル宇宙望遠鏡のデータは、専門家と市民、そしてAIが協力し合う「共創」のプラットフォームとなり、天文学の裾野を大きく広げているのです。あなたも、自宅のパソコンから、宇宙の謎を解き明かす冒険に参加できるかもしれません。
市民天文学プロジェクト「GALAXY CRUISE」の公式サイトです。あなたも銀河の船長になってみませんか?
GALAXY CRUISE - 国立天文台