パイモンはヨーロッパの伝承や悪魔学に登場する悪魔の一体で、別名ペイモン(Paymon, Paimon)とも呼ばれます。イギリスで発見された魔術書『ゴエティア』によれば、パイモンは序列9番の地獄の王として記録されており、かつては主天使の地位にあったとされています。
地獄の西方を統治する支配者として、一部は天使から、一部は能天使からなる200もの軍団を率いています。この膨大な軍勢を指揮する力は、悪魔の中でも特に強大な権力を示しています。また『術士アブラメリンの聖なる魔術の書』では、8人の下位君主(Eight Sub Princes)と総称される有力な悪魔の一人として名を連ねており、魔界における重要な地位が複数の文献で確認できます。
さらに特筆すべきは、パイモンがルシファーに対して他の王よりも忠実だったという記述です。ルシファーは神に反逆した堕天使であり、悪魔サタンの堕天前の名前とされています。この忠誠心の高さは、パイモンが単なる力ある悪魔ではなく、魔界のヒエラルキーにおいて信頼される存在であったことを物語っています。
『悪魔の偽王国』および『ゴエティア』に記載されたパイモンの姿は、非常に特徴的です。
王冠を被り、女性の顔をした男性の姿で現れるとされ、その性別があいまいな外見は「男の娘」のような印象を与えます。この両性具有的な特徴は、悪魔学における象徴として深い意味を持つと考えられています。
パイモンはひとこぶラクダに乗って現れ、その周囲にはトランペットやシンバルなどの楽器を演奏する精霊たちが従います。この華やかで騒々しい登場シーンは、王としての威厳と同時に、ある種の祝祭的な雰囲気を醸し出しています。音楽を伴う登場は、パイモンの名前が「チリンチリンという音」を意味することとも関連しているとされています。
召喚された際には、ベバル(Bebal)とアバラム(Abalam)、またはラバル(Labal)とアバリム(Abalim)という二人の王を従え、時として25軍団の能天使たちを伴います。この豪華な随伴者たちは、パイモンの権威の高さを視覚的に示すものです。
一方で、パイモンには厄介な特徴もあります。召喚時には常に耳を塞ぎたくなるような大声で喋るという性質があり、古い文献では「うるさいキャラ」として描かれています。しかし、召喚者が威嚇したり睨みつけたりすると、借りてきた猫のように黙って言うことを聞くようになるとも記されています。
パイモンが召喚者に与える能力は、極めて多岐にわたります。最も顕著なのが知識の授与で、人文学、科学、秘密などあらゆる分野の知識を与えるとされています。「大地がどうなっているか、水の中に何が隠されているか、風がどこにいるのかすら知っている」という記述からは、自然界の森羅万象に精通した存在であることがわかります。
地位や名誉を与える力も持っており、召喚者に権力や社会的地位をもたらすことができます。さらに、人々を召喚者の意思に従わせる能力も有しており、これは支配力や影響力の強化につながります。この能力は、占いや魔術において実際に権力を求める者たちに重宝されたと考えられます。
また、良い使い魔を用意してくれるという能力も記録されています。使い魔は魔術師にとって重要なパートナーであり、日常的な魔術行為を補助する存在です。パイモンがこの使い魔の選定と召喚を助けることは、召喚者にとって大きな利益となりました。
偽エノク文書の目録にもその名が見えるパイモンは、ルシファーに次ぐ地獄の大王として、火を司る力も持っているとされています。この炎の支配は、破壊と創造の両面を象徴する強力な属性です。
パイモンは古代の魔術書だけでなく、現代の創作作品にも数多く登場しています。最も有名なのが、2018年公開のアメリカのホラー映画**『ヘレディタリー/継承』**(Hereditary)です。この映画では、地獄の王の一人である悪魔ペイモン(パイモン)を巡る家族の恐怖と狂気が描かれています。
ウィキペディアのパイモンの項目には、悪魔学における詳細な記述と各種文献での扱いが網羅的にまとめられており、パイモンの基礎知識を得るのに役立ちます。
映画『ヘレディタリー/継承』では、主人公アニーの母エレンが悪魔パイモンの崇拝者であり、孫のピーターをパイモンの宿主とするために儀式を行うという衝撃的な展開が描かれます。パイモンの完全体召喚には、エレンの血筋3人の首が生贄として必要とされ、エレン、アニー、チャーリーがその犠牲となります。劇中では『ゴエティア』や『悪魔の偽王国』などの実在する魔術書に基づいた描写がなされており、悪魔学への深い理解が感じられます。
漫画『マギ』では、パイモンはジンの一人として登場します。主人公たちと契約を結ぶ存在として描かれ、原典の知識を与える能力が物語に組み込まれています。また、大人気ゲーム**『原神』**では、主人公の旅のパートナーとして可愛らしい姿のパイモンが登場します。ゲーム内のパイモンは「ナビゲーター」として、プレイヤーに世界の知識や情報を提供する役割を担っており、これは元ネタである悪魔パイモンの「あらゆる知識を与える」という能力を再現していると解釈できます。
パイモンの詳細解説サイトでは、ゴエティアにおけるパイモンの階級や姿、能力について詳しく紹介されており、悪魔学の観点から理解を深めることができます。
『入間同学入魔了!』という漫画作品にも、パイモンという名前のキャラクターが登場します。13冠の一人で「精霊主(妖精王)」の称号を持ち、黒いゴシックロリータの服装をした美少女悪魔として描かれています。東北訛りの口調が特徴的で、ソロモン72柱の魔神パイモンから名前を取っていることが明示されています。
パイモンを召喚するための儀式は、古代の魔術書に詳細に記されています。『ゴエティア』をはじめとするグリモワール(魔術書)には、召喚の手順や必要な道具、唱えるべき呪文などが記載されています。ただし、これらの儀式は非常に危険であり、正しく行わなければ召喚者自身が危害を被る可能性があるとされています。
召喚時には生贄を捧げることで、パイモンは二人の王と能天使の軍団を伴って現れます。この生贄の内容については文献によって異なる記述がありますが、いずれも神聖な儀式の一部として重要視されています。召喚者は適切な防護の魔法陣を描き、パイモンが制御可能な範囲内に留まるよう配慮する必要があります。
現代では実際にこれらの儀式を行うことは推奨されませんが、学術的な興味や創作のインスピレーションとして、これらの古代の知識は価値を持ち続けています。映画『ヘレディタリー/継承』でも、劇中で使用される召喚の儀式は実際の魔術書に基づいており、リアリティを追求した演出がなされています。
パイモンの召喚儀式における特徴的な要素として、音楽や楽器の使用が挙げられます。トランペットやシンバルなどの響きは、パイモンを呼び出すための重要な要素とされ、古代の魔術師たちはこれらの音を利用して悪魔との交信を図りました。この音楽的要素は、パイモンの名前の語源とも深く結びついています。
また、召喚時にはパイモンの大声に対処する方法も重要です。古文書には「威嚇する」「睨みつける」といった対処法が記されており、召喚者は毅然とした態度を保つことが求められます。この点は、悪魔との契約において召喚者が主導権を握ることの重要性を示しています。