八分儀(はちぶんぎ、Octant)は、天体や物標の高度、水平方向の角度を測るための反射測量器具です。英語名のOctantは「八分の一」を意味し、円周の八分の一にあたる45度の弧を持つことからこの名称が付けられました。測定には平面鏡の反射を利用しており、45度の弧に90度までの目盛りが書き込まれているのが特徴です。
参考)八分儀(ハチブンギ)とは? 意味や使い方 - コトバンク
八分儀の測定原理は光の反射を巧みに応用したものです。中心部に配置された動鏡(インデックス・ミラー)と固定された水平線ミラーの二重鏡システムにより、観測者は視野の半分でインデックス・ミラーの像を見て、他の半分で遠方のオブジェクトを同時に観測できます。この仕組みにより、船の縦揺れや横揺れの影響を受けにくく、観測者による誤差も最小限に抑えられます。
参考)八分儀 (octant)
八分儀の主要な構成部品には、動鏡と一体化した指標棹(インデックスアーム)、角度を読み取るための目盛り弧、望遠鏡、そして明るい天体を観測する際に使用するシェード(遮光板)があります。指標棹の下にある二本のレバーを同時につまむと指標棹が動き、離すと固定される構造になっています。シェードは軸の周りに回転させることで、太陽のような明るい天体から暗い星まで幅広く観測できるようになっています。
参考)天測航法 8─六分儀の使い方
八分儀の構造は精密な光学測定を実現するために設計されています。中央部分には測定の要となる動鏡(インデックス・ミラー)が配置され、これが指標棹と一体化して角度調整を行います。水平線ミラーは半透過性になっており、観測者は一方の半分で反射された天体の像を、もう半分で直接水平線を見ることができる仕組みです。
目盛りの読み取りには弧(アーク)とバーニア副尺が使用されます。弧は度単位で刻まれており、それ以下の細かい角度はマイクロメータとバーニアで0.2分単位まで読み取ることができます。目盛りの中間値は比例計算により求められ、高精度な測定が可能となっています。バーニア副尺の原理は現代のノギスなどにも応用されている技術です。
参考)https://researchmap.jp/tsukonakamura/published_papers/1270887/attachment_file.pdf
照準望遠鏡は観測対象を拡大して捉えるための重要な部品で、歴史的な大型八分儀では3〜4フィートもの長さがあったと記録されています。望遠鏡を通して観測する際、ナビゲーターはまっすぐ前方のオブジェクトを直接観測し、第二のオブジェクトは水平線ミラーからの反射として視野に入ります。この構造により、二つの対象物を同時に安定して捉えることができます。
天体高度の測定は、水平線を基準として天体までの角度を測る作業です。八分儀を使用する際は、まず体がふらつかない安定した場所や体勢を確保し、観測する天体のおよその高度を推測してあらかじめ八分儀をその角度に設定しておくと、天体と水平線の両方を捉えやすくなります。太陽を観測する場合は、必ず濃いシェードを使用して目を保護することが重要です。
参考)https://eco.mtk.nao.ac.jp/koyomi/wiki/C5B7CAB8B9D2CBA1.html
実際の測定手順では、望遠鏡に水平線と天体の両方が入ったら、マイクロメータで微調整して位置を合わせます。太陽の場合は通常、下辺を水平線に合わせる方法が採用されます。天体と水平線が完全に一致した時点で、弧とマイクロメータの目盛りを読み取ります。この読み取り値が天体の視高度となり、これを基に船の位置や緯度を計算することができます。
八分儀には、それ以前の測量器具と比較して複数の優位性がありました。照準を揃えることが容易であり、水平線と星が船の動きと共に揺れても同時に視野内に捉えられるため、観測精度が向上しました。また、シェードを使用することで昼間の太陽観測も可能となり、シェードを外せば夜間の星の観測もできるため、昼夜を問わず使用できる利便性がありました。
八分儀は1730年にジョン・ハドリーによって開発されました。しかし測定できる角度が小さいという難点があったため、航海用六分儀が1731年頃にジョン・ハドリーとトーマス・ゴッドフリーによって改良・実装されました。六分儀は60度弧(円周の1/6)であり、八分儀の45度弧(円周の1/8)よりも広い測定範囲を持ちます。
参考)六分儀 - Wikipedia
測定範囲の違いは実用性に大きく影響します。八分儀は中心角が45度で90度までの角度を測定できますが、六分儀は中心角が60度で120度までの角度を測定できます。この拡張された測定範囲により、六分儀は月距法による経度測定など、より複雑な天文航法の計算に対応できるようになりました。月距法とは、太陽または星から月までの角距離を測定して経度を算出する方法です。
参考)https://math-info.criced.tsukuba.ac.jp/museum/Mathematics_tools/octant_sextant/octant_sextant_sub03.html
19世紀末に至るまで、航海士の間では六分儀と八分儀を併用することが一般的でした。六分儀は高価で精密な器具として扱われ、「月からの距離」測定のような重要な観測にのみ使用されました。一方で八分儀は、毎日のルーティンである太陽の子午線高度測定に使用され、日常的な位置確認の道具として活躍しました。このような使い分けにより、精密機器の消耗を抑えながら効率的な航海が可能となっていました。
日本では江戸時代の安永7年(1778年)に三浦梅園が長崎で八分儀を実見した記録が残っています。嘉永6年(1853年)序の佐十郎恒光編『六分円器量地手引草』によれば、文政年間から六分儀が日本でも使用されていたことが分かります。文化年間頃から外国勢力の北方侵入などが相次いだため、国防・海防の意識が高まり、測量や砲術に対する需要が強まったことが、これらの測量器具の普及を促進しました。
参考)https://math-info.criced.tsukuba.ac.jp/Forall/project/history/2004/sextant/pdf/sextant_text01.pdf
八分儀を正確に使用するためには、使用前の調整が不可欠です。主な調整項目として、インデックス・ミラーと水平線ミラーの平行度確認、視差の調整、そして指標棹のゼロ点合わせがあります。調整は観測を行う前の明るい時間に実施することが推奨されています。
参考)https://www.kenko-tokina.co.jp/optics/skymemo-s_manual.pdf
ミラーの調整では、指標棹を中央付近に設定し、望遠鏡を通して遠方の直線状のオブジェクト(建物の縁など)を観測します。直接見える部分と反射して見える部分に段差がある場合、インデックス・ミラーの角度を調整して一直線になるようにします。どう調整しても段差が消えない場合は、マイクロメータで指標棹を動かして一直線にし、その時の角度をメモしておき、後で計算により加減する必要があります。
機器の保管とメンテナンスも重要です。八分儀は精密な光学機器であり、鏡面の汚れや曇りは測定精度に直接影響します。使用後は柔らかい布で鏡面を優しく拭き、湿気の少ない場所に保管することが望ましいです。可動部分には適度な潤滑を施し、指標棹がスムーズに動くように維持します。長期間使用しない場合でも、定期的に動作確認を行い、機械的な不具合が生じていないかチェックすることが推奨されます。
参考)4−5.NP赤道儀メンテ(ウォームすり合せも) - O型のま…
八分儀の最も実践的な用途は、船の位置を決定するための天体観測です。特に太陽の子午線高度測定は、毎日のルーティンとして行われる基本的な航海術でした。子午線高度とは、天体が真南(または真北)を通過する際の最大高度のことで、この値から観測地点の緯度を計算することができます。
参考)「八分儀」の意味や使い方 わかりやすく解説 Weblio辞書
水平線が見えない陸上での使用には、水銀を使った人工水平線が用いられました。専用の容器に水銀を入れ、その鏡のように平らな表面を水平線の代わりとして天体を観測します。洗面器のような容器に水を入れて水面を通して観測することも可能ですが、風などで水面が揺れると映った像も揺れるため、水銀を使った専用器具の方が使いやすいとされています。この方法では、眼高による高度改正が不要になるという利点もあります。
八分儀と六分儀は視地平(水平線)からの角度を計測する装置であり、装置のポインタ配置による誤差を除去するため最も正確な測定が可能でした。二重鏡のシステムが装置の相対的な動きをキャンセルするため、対象物と視地平を安定的に見ることができ、揺れる船上でも信頼性の高い観測が実現されました。この技術革新により、大航海時代以降の航海の安全性が大きく向上したのです。
参考)天測航法 - Wikipedia
八分儀の反射原理と構造の詳細解説
八分儀の光学的な仕組みや反射機器としての詳細な構造について、図解とともに説明されています。
六分儀の使い方の実践的なガイド
八分儀と同じ原理を持つ六分儀の具体的な使用方法や調整手順が、実際の観測手順とともに解説されています。
日本の測量における六分儀・八分儀の歴史
江戸時代から明治時代にかけての日本における八分儀と六分儀の導入と発展の歴史が詳しく記述されていますています。