うお座の神話は、愛と美の女神アフロディーテとその息子エロスが主役です。ある日、神々がナイル川(あるいはユーフラテス川)のほとりで宴会を楽しんでいると、突然巨大な怪物テュフォンが襲いかかってきました。大神ゼウスは鳥に、太陽神アポロンは魚に姿を変えて逃げましたが、アフロディーテとエロスの母子も魚に変身して川に飛び込みました。
参考)星座魚座(うお座)の神話とは?うお座の人の性格や星座の探し方…
この時、母と子がはぐれないように、二人の体はしっかりとリボンで結ばれていました。この愛情深い結びつきが、星座として天に上げられたとされています。ちなみに怪物テュフォンは、大地の神ガイアが生んだ最強の怪物で、後にゼウスによって山ほどの大きな岩で地下に封印されました。その岩がシチリアのエトナ山だという伝説があり、エトナ山の噴火はテュフォンが地下で暴れているからだとされています。
参考)https://seiza.imagestyle.biz/sinwa/uo-za.shtml
興味深いことに、この神話には別のバージョンも存在します。紀元前3世紀の学者エラトステネースの著書『カタステリスモイ』では、シリアの女神デルケトーが湖に落ちた際に助けた魚が天に上げられ、その魚がみなみのうお座で、その2匹の子供がうお座だとしています。
参考)うお座 - Wikipedia
うお座で最も重要な星は、α星アルレシャ(Alrescha)です。この名前はアラビア語で「ひも」を意味する「al-rišā'」に由来し、二匹の魚を結ぶ紐の結び目に位置することからこの名が付けられました。アルレシャは4.1等星で、うお座の中心的な位置を占めています。
参考)秋の星座|星空大全 書籍連動 天体観測編
この星の最大の特徴は、連星系であることです。4.1等の主星Aと5.1等の伴星Bからなり、二つの星は軌道長半径約130天文単位、近点距離約50天文単位、遠点距離約190天文単位の軌道を、およそ720年から933年の周期で互いに周回しています。地球からの距離は約151光年で、75mm以上の望遠鏡を使用すると分離して観察できます。
参考)うお座アルファ星とは - わかりやすく解説 Weblio辞書
興味深いことに、元々「アルレシャ」という名前はアンドロメダ座β星を指していましたが、近世になって誤ってうお座α星に使われるようになったという歴史があります。2016年8月21日、国際天文学連合(IAU)がこの名前をうお座α星Aの公式な固有名として正式に承認しました。
うお座α星アルレシャの詳しい物理的特性や観測データについて
うお座で実際に最も明るく見える星は、η(イータ)星です。3.6等級の明るさを持ち、うお座の中では最も目立つ存在となっています。η星は「北の魚」の尾びれに位置し、アンドロメダ座β星の南に連なる星列の一部を形成しています。
参考)うお座ってどんな星座?【神話も紹介】
この星も連星系で、暗い伴星を持ち、約1秒離れていると言われています。合計の光度は太陽の316倍、表面温度は4930K、半径は太陽の26倍、質量は太陽の3.5から4倍という巨大な星です。地球からの距離は約370光年で、固有名としてAlphergやKullat Nunuという名前でも知られています。Kullat Nunuはバビロニア語で、Kullatは「紐」、Nunuは「魚」を意味しています。
参考)うお座η(イータ)星について
その他の重要な恒星として、ε(イプシロン)星、ν(ニュー)星、υ(ユプシロン)星などがあり、また34番星は5.5等の主星と9.4等の伴星からなる重星で、銀白色の主星に青白色の伴星がついています。φ星は4.7等の黄色の主星と9.1等の白色の小さな伴星を持つ重星で、北の魚の中心に位置しています。
うお座は4等星以下の暗い星ばかりで構成されているため、肉眼では見つけにくい星座です。しかし、秋の代表的な目印である「ペガススの大四辺形」を基準にすると探しやすくなります。ペガススの大四辺形の東と南の線の外側に沿うように、うお座は「く」の字のような形で2匹の魚を紐で繋いだように描かれています。
参考)http://www.ksky.ne.jp/~tatsuo/siki/11gatu/3uo.htm
具体的な見つけ方として、まず秋の夜空で真南に見えるペガススの大四辺形を確認します。その四辺形の2辺で「く」の文字を書くようにして、そのまま東の下方向へ平行移動するイメージで探すと良いでしょう。ペガススの大四辺形のすぐ南東側には「く」の字の形に星が並んでおり、これは欧米では「Circlet(サークレット)」と呼ばれる環状のアステリズムを形成しています。
参考)うお座の見つけ方
この「西の魚」を形作るCircletは、γ星、7番星、θ星、ι星、19番星、λ星、κ星が作る円形の配列で、ペガススの四辺形から西(右)にげんこつ二つ分の間に4〜5等星が連なり、さらにその先にげんこつ半分の大きさで4〜5等星が丸く並んでいます。「北の魚」はα星から北(上)へげんこつ二つ半のところに、げんこつ半分の大きさで5等星が「く」の字に並んでいます。
うお座は単なる暗い星座ではなく、天文学的に極めて重要な意味を持っています。現在、春分点(春分の日に太陽が見える方向)がうお座の中に位置しているのです。春分点は惑星の動きや星の位置を測定する際の基準となる点の一つであり、天文学において非常に重要な役割を果たしています。
参考)「うお座」の見つけ方や誰かに教えたくなる星の話 - 星座図鑑…
この春分点の位置は固定されているわけではなく、地球の歳差運動によって少しずつ移動しています。黄道12星座がしっかりまとめられた頃、春分点があったのは東隣のおひつじ座でした。そのためおひつじ座が黄道12星座の第1番目とされ、うお座は12番目、つまり最後の星座でした。
しかし歳差現象によって春分点が西へ移動し、現在ではうお座の中に入ってきたため、実際には現在うお座が事実上の黄道12星座の第1番目となっています。この歳差運動は約2万6000年の周期で起こっており、春分点は黄道に沿って西向きに1年に約50秒角の速さで移動しています。このため、将来的には春分点はさらに西のみずがめ座へと移動していくことになります。
実はうお座の神話は、やぎ座の神話と密接に関連しています。テュフォンが神々を襲った同じ場面で、羊飼いの神パーンもナイル川に飛び込んで逃げようとしました。しかしパーンはあまりにも慌てていたため、上半身は山羊のまま、下半身だけが魚という中途半端な姿になってしまいました。
この奇妙な姿がやぎ座のモデルになっており、うお座、みなみのうお座、やぎ座は全て同じ神話に基づいているのです。つまり秋から冬にかけて夜空に見える3つの星座は、テュフォンの襲撃という一つの事件から生まれた「兄弟星座」とも言えます。
さらに興味深い事実として、みなみのうお座は太陽神アポロンが魚に姿を変えた姿だという説があります。神々がそれぞれ異なる姿で逃げたこの神話は、古代の人々が夜空の星座に物語性と関連性を持たせて記憶しやすくしていた知恵の表れと言えるでしょう。
また、うお座の起源はギリシャ神話よりも古く、古代メソポタミア文明にまでさかのぼります。当時は2匹の魚とそれから伸びる紐は、チグリス川とユーフラテス川を表し、紐が魚に繋がっているのは2本の川が合流することを表していました。バビロニア時代には、上半身がツバメで下半身が魚という飛び魚のような魚と人魚が結ばれた姿として描かれていました。このように、うお座は数千年にわたる人類の天文観測と神話の歴史を物語る、深い文化的意味を持つ星座なのです。