ナベリウスは、17世紀の魔術書『ゴエティア』(レメゲトンの第一部)に記されたソロモン72柱の悪魔の一柱です。序列は第24位に位置し、地獄における階級は侯爵(Marquis)とされています。彼は19の悪霊軍団を統率する強力な存在として知られ、ソロモン王によって封印され使役された伝説の魔神です。
ナベリウスには複数の別名が存在します。ナベルス(Naberus)やケルベロス(Cerberus)とも呼ばれ、特にケルベロスという名称はギリシア神話に登場する冥界の番犬との関連性を示唆しています。この別名から、ナベリウスがギリシア神話の三つ頭の犬ケルベロスを原型としている可能性が指摘されています。
コラン・ド・プランシーの著作『地獄の辞典』では、ナベリウスは「ケルベロス」の項目で扱われており、三つ頭の犬もしくはカラスの姿で現れるとされています。この二重の姿は、古代神話と中世悪魔学の融合を象徴する興味深い特徴です。
ナベリウスを召喚すると、彼は特徴的な姿で現れます。最も一般的な描写では、三つの頭を持つ黒いカラスや鶴の姿をしているとされます。この三つ頭という特徴は、ギリシア神話のケルベロスとの関連性を強く示しています。
召喚されたナベリウスは、しわがれた声やガラガラとした声で話すと記録されています。この不吉で恐ろしい声には、深い知識と真理が隠されているとされ、その言葉には重みがあります。また、彼の目は鋭く、全てを見通すような視線を持つと表現され、知性と洞察力の象徴とされています。
別の記述では、三つの犬の頭を持つ鳥の姿で現れるとも言われています。カラスと犬という二つの要素が混在しているこの描写は、ナベリウスの多面的な性質を表しています。黒い色彩は威厳と神秘性を象徴し、召喚者に対して畏敬の念を抱かせる存在として描かれています。
ナベリウスの最も顕著な能力は、弁論術と修辞学に関する知識の授与です。彼はあらゆる人文科学と自然科学を教える能力を持ち、特に修辞学(レトリック)に長けているとされています。修辞学とは、効果的に説得するための言語技術であり、古代ギリシアのアリストテレスによって体系化された学問です。
この能力により、ナベリウスを召喚した者は、雄弁さや説得力を獲得できるとされています。会議や討論、演説などで相手を説得する必要がある場面で、彼の力が発揮されます。また、対象を愛想良くさせる力も持っており、人間関係の改善にも寄与すると考えられていました。
さらに注目すべき能力として、失われた威厳や名誉、尊厳を回復する力があります。社会的地位を失った者や、名誉を傷つけられた者がナベリウスに助けを求めると、その地位や名誉を取り戻す手助けをしてくれるとされています。ただし、ヨハン・ワイエルの『悪魔の偽王国』では、逆に名誉を失わせる力を持つという相反する記述も存在します。
これらの能力は、単なる知識の授与にとどまらず、社会的な立場や人間関係における実践的な力として理解されていました。中世の魔術師たちは、このような力を求めてナベリウスの召喚儀式を行ったとされています。
ナベリウスを召喚するには、『ゴエティア』に記された特定の儀式手順に従う必要があります。召喚には、ナベリウス固有の紋章である「シジル」(Sigil)が不可欠です。シジルとは、各悪魔に対応した幾何学的な印章で、召喚儀式において術者と悪魔を結びつける重要な道具です。
正式な召喚では、ナベリウスに対応した金属(惑星と関連する特定の金属)に彼のシジルを彫り込み、それを胸飾り(Lamen)として術者が身につけます。より効果的な方法として、同じシジルを二つ作成し、一つを術者の胸に、もう一つを召喚用の三角形の中に置く手法もあります。
金属への彫刻が困難な場合は、未使用の羊皮紙に惑星に対応した色のインクで紋章を描く簡易版も認められています。この作業には羽根ペンを使用することが推奨されます。召喚儀式では、適切な時間帯(惑星の時間)を選び、魔法陣とペンタクル(五芒星)を配置した上で、特定の呪文や祈りを唱えます。
ナベリウスに対抗する天使の名はハイヴィヤ(Haiviah)とされており、召喚儀式が制御不能になった際の保護手段として、この天使の名を唱えることが記録されています。このように、悪魔召喚には常に危険が伴うため、慎重な準備と知識が求められました。
ナベリウスは現代の様々な創作作品に登場しており、それぞれ独自の解釈で描かれています。最も有名な例の一つが、スマートフォンゲーム『Fate/Grand Order』(FGO)です。この作品では、ナベリウスは「魔神柱」の一体として登場し、溶鉱炉ナベリウスという名称で呼ばれています。
FGOにおけるナベリウスは、第一部最終章「終局特異点」に登場し、セイバークラスの敵として主人公たちの前に立ちはだかります。「音を知り歌を編むもの」という異名を持ち、溶鉱炉を司る九柱の魔神柱の核として、他の8柱と複合した強力な存在として描かれています。声優は杉田智和氏が担当し、デザインは山中虎鉄氏によるものです。
もう一つの代表的な作品が、西修による人気漫画『魔入りました!入間くん』です。この作品では、ナベリウス・カルエゴという厳格な悪魔学校(バビルス)の教師として登場します。口癖は「粛に」で、主人公の鈴木入間を当初は目の敵にしていましたが、物語が進むにつれて複雑な関係性を築いていきます。
カルエゴは三つの頭を持つ巨大な猛犬「ケルベロス」を操る能力を持ち、これはナベリウス家一族の血に織り込まれた魔力そのものです。興味深いことに、作品中ではケルベロスは家系能力でも使い魔でもなく、血統に刻まれた力であることが明かされています。カルエゴの背中には犬の爪で引っ掻かれたような大きな傷があり、「悪魔ナベリウスには犬が取り憑いている」と評されています。
また、『魔入りました!入間くん外伝 カルエゴ編』では、彼の学生時代が描かれており、ナベリウス家では学校を「宝物庫」と呼び、生徒は守るべき宝、ナベリウスはその番犬という独特の価値観が示されています。兄のナベリウス・ナルニアも物語に登場し、家族関係の複雑さが描かれています。
他にも、『ノケモノたちの夜』では崩国の十三災と謳われる大悪魔の一柱「冥府轟乱地災ナベリウス」として、『原神』ではゲーム内の要素として名前が言及されるなど、多様なジャンルの作品でナベリウスの名が使用されています。
Wikipedia「ナベリウス」- 悪魔学における基本情報と別名ケルベロスとの関連について詳しく解説
ナベリウスの最も興味深い側面の一つが、ギリシア神話の冥界の番犬ケルベロスとの密接な関係です。ケルベロス(Κέρβερος)は、冥界の神ハーデースに仕える三つ頭の犬で、その名は「底無し穴の霊」を意味します。テューポーンとエキドナの子とされ、死者が冥界から逃げ出さないように見張る役割を担っていました。
中世の悪魔学者たちは、このギリシア神話のケルベロスを悪魔学の体系に取り込む過程で、ナベリウスという名称を与えました。ヨーハン・ヴァイヤーの『悪魔の偽王国』では、悪魔ナベリウスの別名として明確にケルベロスの名が挙げられています。この融合は、キリスト教文化圏が異教の神々や神話的存在を悪魔として再解釈した典型例です。
ザカリー・グレイの研究では、ケルベロスの三つの首が時間の三相(過去・現在・未来)や三つの世界を象徴するという解釈が提示されています。この多層的な象徴性は、ナベリウスが単なる恐ろしい存在ではなく、深い知恵と洞察力を持つ存在として描かれる理由を説明しています。
さらに注目すべきは、現代の創作作品においてもこの関係性が活用されている点です。『魔入りました!入間くん』のナベリウス・カルエゴがケルベロスを操る能力を持つ設定は、まさにこの伝統的な関連性を踏まえたものです。番犬としての役割という共通点も、学校の番人としてのカルエゴの立場と重なります。
このように、古代神話から中世悪魔学、そして現代のポップカルチャーまで、ナベリウス=ケルベロスという概念は時代を超えて受け継がれ、それぞれの時代の文化的文脈の中で新たな解釈を加えられながら生き続けているのです。